中東戦争の激化は、原油価格を押し上げるだけの出来事ではない。ホルムズ海峡という世界の石油・天然ガス輸送の要衝が不安定化し、産油・産ガス設備への攻撃リスクも高まることで、各国にとってエネルギー供給そのものが安全保障上の問題として再浮上している。ロイター通信は、イラン危機を受けて海運と生産の両面で混乱が広がり、欧州ではガス価格が戦争開始前の約2倍に達したと伝えている。こうした状況の中で強まっているのは、「環境のための脱炭素」ではなく、「高価で不安定な輸入化石燃料への依存を減らすための脱炭素」という発想である。
中東戦争が露呈させたエネルギー供給の脆弱性
足元のエネルギー市場では、供給不安が価格に即座に反映されている。ロイター通信は、イラン戦争の影響で原油・ガス価格が急騰し、EUが電力税の引き下げや補助金などの緊急措置を検討していると報じた*1。また、ホルムズ海峡を通る輸送が制約され、湾岸産油国が代替ルート確保を急いでいる状況も確認されている*2。
ホルムズ海峡は世界の石油・天然ガス輸送の約2割を担うため、この経路の混乱は輸入依存国のエネルギーコストと経済成長に直結する。国際通貨基金IMFも、エネルギー価格の上昇が長期化すれば、世界のインフレを押し上げ、成長率を低下させる可能性があると指摘している*3。
3月21日時点、エネルギーインフラへの攻撃が拡大する中、原油価格がブレント原油1バレル112ドルに到達しており、過去1ヶ月で約57%上昇している。これは単なる価格上昇ではなく、エネルギー輸入モデル自体の不安定性を顕在化させる水準である。
欧州では、ガス危機が太陽光発電と蓄電池の導入を押し上げた
この構図を最も明確に示したのが、ロシアのウクライナ侵攻後の欧州である。欧州は当初、LNGを高値で確保することで危機に対応したが、その後の数年間で太陽光発電の導入が急増し、続いて蓄電池の導入も拡大した*4。欧州諸国は、第二次世界大戦以降で見ても高水準の政府債務を抱えながら、再エネと蓄電池への初期投資を実施した。設備が稼働するまでの間は高価なガスを購入し続けるという対応を取りつつ、中長期的には化石燃料依存を低下させる構造へ移行している。
この方向性は政策にも明確に表れている。第7次エネルギー基本計画の解説でも紹介されている通り、欧州のREPowerEUはロシア産化石燃料への依存を急速に減らしつつ、再エネ導入を加速させることを目的としている*5。つまり、脱炭素は環境政策ではなく、安全保障政策として制度化されている。
経済(E)、安全保証(S)、地政学(G)の新たなESG
従来、エネルギー転換は脱炭素や再生可能エネルギーへの移行を中心に語られることが多かった。しかし2026年の中東情勢は、エネルギー政策が安全保障や地政学と密接に関係していることを改めて示した。ブルームバーグの論考では、この変化を、従来の 環境(E)社会(S)ガバナンス(G)という意味でのESGから、 経済(Economics)、安保(Security)、地政学(Geopolitics)が意思決定を左右する現実へと変化していると指摘している。
途上国では、停電回避のために太陽光と蓄電池が広がった
同じエネルギー価格ショックは、途上国ではより直接的な形で影響した。パキスタン、バングラデシュ、スリランカでは、LNG価格の高騰により燃料を購入できず、大規模停電が発生した。その結果、パキスタンでは企業や家庭が中国製太陽光パネルを直接購入する動きが急増し、2024年には世界第4位のパネル輸入国となった。さらに、その約1年後には蓄電池の輸入も急増している。*4
この特徴は、国家主導ではなく、消費者や企業が自衛的にエネルギー供給を確保するために再エネを導入している点にある。中国メーカーの過剰生産能力による価格低下も、この動きを支えている。
脱炭素の動機は、環境対策から安全保障・産業政策へ重心を移している
輸送部門でも、燃料価格の上昇は電動化へのシフトを引き起こしている。ロイター通信は、イラン戦争後の燃料高を受けて、英国で中古EV販売が急増し、ドイツではEV関連のオンライン閲覧が40%増加したと報じている。また、ドイツで実施された調査では、
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