ESGインタビュー

ThinkESGの4回目のインタビューは、高崎経済大学 学長である水口剛先生。

水口先生は、環境省「グリーンボンドに関する検討会」、「ポジティブインパクトファイナンスタスクフォース」、金融庁・GSG国内諮問委員会共催「インパクト投資勉強会」、金融庁「サステナブルファイナンス有識者会議」において座長を歴任された、ESG投資や非財務情報開示に関する専門家でいらっしゃいます。

今回は、金融庁でも対応の検討が始まった「グリーンウォッシュ」や「ESG投資に今後必要なこと」について、ご意見やお話を伺いました!

高崎経済大学 学長 水口剛先生

「ESG投資の現状」について教えてください

もともとESG投資は、機関投資家を中心に発展してきましたが、今、個人投資家向けのESG投資商品も出始めました。ESG投資とは環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)の要素を考慮した投資ですが、何を目的にESGを考慮するのかによって、いくつかタイプの異なるESG投資があります。その中で、まずは一般的な投資家でも理解しやすいタイプのESG投資が主流化し始めました。ESG要因をリスクと捉えるESG投資です。

たとえばTCFD(※)の報告書にあるように、気候変動には海面上昇や豪雨水害などで事業活動が影響を受ける「物理的リスク」と、脱炭素化に向けた規制強化や技術変化などの「移行リスク」があって、それが企業にとってのビジネス上のリスクになります。今や電気自動車に取り組まない自動車会社に投資したいと思う人はあまりいないでしょう。そういう意味でESG要因を考慮することは長い目で見て合理的な投資だという理解が広がってきました。

※TCFD… Task Force on Climate-related Financial Disclosures、気候変動関連財務情報開示に関するタスクフォース。2017年に最終報告書を公表した。

ESG投資には環境や社会をより良くするという側面と、ビジネスの持続可能性を維持するための手段としての2つの側面があるということです。

ESG投資の方法論も拡張してきました。もともと株式投資から始まりましたが、債券投資でもグリーンボンドやソーシャルボンド、サステナビリティリンクボンドなどのESG債の選択肢が出てきました。しかし個人向けのグリーンボンドはほとんど出てきていないので、おそらく個人の方がESG投資をすると言ったら、自らESGの観点を持ちながら個別銘柄を選ぶ株式投資も考えられますが、まずはESGファンド(ESG型の投資信託)になるのではないかと思います。

投資における環境・社会・経済の関係やつながりとは?

欧州は一歩先にいっていて、いわゆる「ユニバーサルオーナーシップ(※)」という考えがあります。環境・社会のサステナビリティが壊されることは、経済の基盤が壊れてしまうということです。ユニバーサルオーナーとはいわば経済全体に投資をしているようなものなので、経済の基盤としてのサステナビリティに目を向けるのです。

※ユニバーサルオーナー… 巨額の運用資産を持ち、中長期的な視座にたって、幅広い資産や証券に分散投資を行っている投資家が置かれた状況を表現した言葉(出典/日本総研)

経済基盤が壊れることで、経済全体がシュリンク(縮小)してしまえば、長い目で見てユニバーサルオーナーの運用資産全体に問題が出る。そうならないように環境や社会というものにきちんと配慮していく、外部不経済(経済活動に伴い直接関係を有していない第三者が受ける不利益)をなくしていく、こういう考え方がユニバーサルオーナーシップです。

この考え方からすると、ただESG要因が個々の企業に与えるリスクや機会を考えるだけでは不十分。いわゆる経済や社会へのインパクトを考えなければなりません。ESG要因が企業に与える影響の重要性(マテリアリティ)だけを考える立場を一方向だけの重要性という意味でシングルマテリアリティと言い、それに対して企業活動が環境や社会に与える影響の重要性も考える立場をダブルマテリアリティと言います。ユニバーサルオーナーシップとは、ダブルマテリアリティの立場に立つということです。

ESG課題は環境だけではなく、人権問題や経済格差、雇用問題など、社会の問題でもあります。たとえば脱炭素の実現のためには産業構造の転換が不可欠ですが、結果として競争力を失う企業や職を失う人も出かねません。経済が悪化していくと、経済格差が拡大していく方向に行きやすいので、経済を循環させることも重要です。

日本経済が縮小していくと、結果的に技術に投資ができなくなってしまい、環境問題の解決から遠のく可能性もあります。

投資家とステークホルダーの両方の視点を持つ「ダブルマテリアリティ」という考え方は、経済全体が環境や社会にどのように影響を及ぼし、それが経済にどう跳ね返ってくるのかを評価していくということ。日本でもこれが広まることによって、ESG課題の見方が変わってくるのではと思っています。

金融庁も取り組む「グリーンウォッシュ」を見分けるポイントは?

まず「グリーンウォッシュ」や「ESGウォッシュ」とは何なのかを考える必要があると思います。この議論を機関投資家の立場でするのか、個人投資家の立場でするのか、株式投資やESG投資ファンドを前提にするのか、ESG債を前提にするのか、ESG投資の目的をどう考えるのかなどによって議論の中身が違ってきます。

たとえば年金などの機関投資家向けに株式投資でのESG投資運用を提供する運用機関が、ESGリスクをきちんと考慮する目的でESG投資をする場合、ウォッシュ(名目だけESG投資だが、実際にはESG要素を考慮しないこと)をするケースは少ないと思います。運用成績が悪化するだけだからです。

グリーンボンドなどのESG債では、発行時点で専門の第三者が内容を評価したセカンドパーティオピニオンを付けることが一般的です。すると次には、その第三者の信頼性が問題になるのですが、まずは情報を一覧できる仕組みを作ることで透明性を高めようと、金融庁と日本取引所グループ(JPX)が情報プラットフォームの構築を計画中です。

一方、ユニバーサルオーナーの立場や個人の立場で、環境や社会への影響を重視することを目的にしたESG投資では、ESG投資を標榜していながら、環境や社会の考慮が不十分なESGウォッシュやグリーンウォッシュが起きる可能性はあります。

年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)のような資金力や発言力が強い機関投資家は、自ら運用機関に報告を求めることができますし、運用機関を飛び越えて投資先企業にもインタビューしているので、実際にはウォッシュは起こりづらいと思います。

これに対して個人投資家の方がESGファンドに投資する場合、よほどサステナビリティに関するリテラシーがなければ、ウォッシュがないかどうかを判断するのは難しいかもしれません。

いわゆるESGファンドも株式投資信託の一種ですから、「アクティブ運用」と「パッシブ運用」があります。アクティブ運用でESGを標榜するものは、先ほど言ったESGのリスクと機会をきちんと組み込んで投資をするものと、より積極的にサステナビリティへの貢献を目指すものが考えられます。

EUではSFDR(Sustainable Finance Disclosure Regulation)という規則を制定し、ファンドごとにサステナビリティリスクを考慮するだけなのか、より積極的にサステナビリティを考慮しているのかの開示を義務付けています。情報開示を義務付けることでウォッシュを防ごうということです。

しかし問題は、何をしていればより積極的に「グリーン」だと言えるのかを、誰がどうやって決めるのか、ということです。この点について、欧州では「EUタクソノミー」と題して、グリーンと判断される経済活動の分類を定めています。しかし極めて複雑に入り組んだ環境と社会の問題を、タクソノミーという単一の基準で正しく評価できるでしょうか。

しかもEUでさえ気候変動の適応と緩和に資する経済活動まででしかタクソノミーができていません。ソーシャルのタクソノミーの原案は提案されていますが、社会課題に関して網羅性のあるタクソノミーをつくるのは至難の技だと思います。

こう考えると、この方法論は理論的にはわかるんですけど、実務上はなかなか難しかろうという気がします。投資先の企業は通常いろいろなビジネスをしていますから、その中でタクソノミーに合致するものが何割あるかといったことも考える必要が出てきます。

つまりグリーンウォッシュやESGウォッシュの問題は、実際には何もしていないのにESG投資の名前だけ付けて騙そうとする人がいる、ということではなくて、何をグリーンと考えるのか、どこまでしたらグリーンと呼べるのかという評価の問題であり、それを誰がどうやって決めるのかという仕組みの問題なのです。そこに簡単な答えはありませんが、おそらく十分な情報開示をした上で、最後は市場が判断するということだと思います。

高崎経済大学 学長 水口剛

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