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Siriやアレクサ、ChatGPTなど私たちの周りには多くのAI機能を掲載した製品が溢れている。社会貢献を通して、より多くのことを実現し、より多くの人々を助けるために、テック企業、NGO、社会的インパクト・セクター全体が、急速に拡大する人工知能の可能性をどのように責任を持って社会問題の解決のために活用できるか、奮闘している。一方で、拡散されるフェイクやバイアス、所有権問題などAI導入における課題は多岐にわたる。

本記事では、社会問題の解決のためのAI導入について、利点と欠点、課題と規制、AIの社会貢献の具体例や責任あるAIのシステム構築の必要性などについて解説していく。

目次

  1. AIの導入状況
  2. AIの利点と欠点
  3. AIと社会課題
  4. AIの社会貢献の具体例
  5. AIの課題と規制
  6. 責任あるAIシステムの構築

AIの導入状況

人工知能(AI)は実は新しいものではなく、機械学習や自然言語処理のような形で何十年も前から存在している。そして日常的な管理業務の自動化や業務の合理化から顧客体験の向上まで、ビジネス世界の事実上あらゆる側面に影響を及ぼしている。その一例として、JPモルガンのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)は最近、銀行がクラウドベースのデータセンター構築に20億ドル(約3,000億円)以上を投資する一方で、300を超えるAIのユースケースに取り組んでいると述べた。   *1

昨今、注目されているのは、AI技術の中の一つである新たなデータや情報を生成するための生成AI(生成AI)で、社会のさまざまな局面で変革の力を発揮している。ChatGPTはその主たるもので、トレーニングされたデータに基づいて高品質なテキストや画像、その他のコンテンツを生成することができる。*2

生成AIの影響力は情報技術やヘルスケアから小売業や芸術にまで及び、すでに私たちの日常生活に浸透している。デジタルマーケティング、マスメディア、商業に関する洞察と傾向を提供する市場調査子会社によると、生成AIは早期に普及し、最初の4年以内に米国だけで1億人以上のユーザーが利用すると予測されている。したがって、この技術の社会的影響を評価することは極めて重要である。*3

AIの利点と欠点

利点

生成AIは導入からわずか数年で、ビジネスオペレーションを変革し、創造性のための新たな道を切り開いた。

  1. 迅速な業務手続き
    • 生成AIは、複雑なタスクを自動化し、イノベーションを促進し、手作業を減らすことで、ビジネスプロセス管理を加速し、その結果企業はより優れた市場分析と市場投入までの時間の短縮を享受できる。実際今後数年間で、生成AIは販管費(販売費、一般管理費)を40%削減できる。例えば、データ分析では、グーグルのBigQuery MLなどのモデルが、大規模なデータセットから洞察を引き出すプロセスを加速する。
  2. クリエイティブコンテンツをより身近に
    • 生成AIは、パフォーマンスを向上させ、それによって顧客の体験や印象が向上し、クリエイティブなコンテンツがリーチできる数や幅が広がる。実際、50%以上のマーケターが、エンゲージメント、コンバージョン、クリエイティブサイクルの迅速化において、生成AIがパフォーマンスを向上させたと評価している。さらに、生成AIツールはコンテンツ作成を自動化し、画像、音声、動画などの要素をクリックするだけで作成できるようにした。例えば、CanvaやMidjourneyのようなツールは、生成AIを活用し、ユーザーが視覚的に魅力的なグラフィックやパワフルな画像を簡単に作成できるよう支援する。また、ChatGPTのようなツールは、ターゲットオーディエンスに関するユーザーの要望に基づいてコンテンツのアイデアをブレーンストーミングするのに役立つ。
  3. 確かな指導力
    • Knewton(※)の調査によると、AIを活用したアダプティブ・ラーニング・プログラムを利用した学生は、テストのスコアが62%も向上した。生成AIは、ChatGPTやBard.aiのような大規模言語モデル(LLM)により、知識にすぐにアクセスできる環境を生み出した。AIは質問に答え、コンテンツを生成し、言語を翻訳し、情報検索を効率的かつパーソナライズされたものにする。さらに、AIによるオーダーメイドの個人指導やパーソナライズされた学習体験は、継続的な自己学習のモチベーションとなる。例えば、カーンアカデミーのAI搭載ツールであるKhanmigoは、コーディング学習のためのライティングコーチとして機能し、学習、討論、共同作業において生徒を導くプロンプトを提供する。

※「Knewton」は、2008年に設立された企業で、学習者に関するデータを自動解析し、最適なコンテンツを随時提供する「アダプティブラーニング(適応学習)」に特化したプラットフォームサービスを開発している。

欠点

上記のようなポジティブな影響にもかかわらず、生成AIの普及には課題もある。

  1. 品質管理の欠如
    • 人々は、生成AIモデルの出力を客観的な真実として認識し、幻覚などの不正確さの可能性を見落としてしまう可能性がある。これは情報源に対する信頼を損ない、誤った情報の拡散を助長し、社会の認識や意思決定に影響を与える可能性がある。不正確なAIの出力は、AIが生成するコンテンツの信憑性と正確性についての懸念を引き起こす。既存の規制の枠組みは主にデータのプライバシーとセキュリティに焦点を当てているが、モデルを訓練してあらゆる可能性のあるシナリオに対応させることは難しい。特に、ユーザープロンプトが不注意に有害なコンテンツを生成する可能性がある場合はなおさらである。この複雑さが、各モデルの出力を規制することを困難にしている。
  1. 偏ったバイアスを吸収したAI
    • 生成AIは、整理されたデータと同程度に優れている。バイアスは、データ収集からモデル展開まで、どの段階でも忍び込む可能性があり、母集団全体の多様性を不正確に表現する。例えば、Stable Diffusion(画像生成AI)の5,000枚以上の画像を調べると、テキストから画像への変換の際に、白人男性をCEOに、女性を従属的な役割に描くなど、人種やジェンダーの不平等が増幅されていることがわかった。さらに不愉快なことに、黒人の男性は犯罪者に、黒人の女性は単純労働者とステレオタイプ化されていた。こうした課題に対処するには、データの偏りを認識し、AIのライフサイクル全体を通じて強固な規制の枠組みを導入し、AI生成システムにおける公平性と説明責任を確保する必要がある。
  1. 拡散するフェイク
    • AI生成モデルで作成されたディープフェイクや誤情報は、大衆に影響を与え、世論を操作することができる。さらに、ディープフェイクは武力紛争を煽動する可能性があり、国内外の国家安全保障に際立った脅威をもたらす。インターネット上でのフェイクコンテンツの野放図な拡散は、何百万人もの人々に悪影響を与え、政治的、宗教的、社会的不和を煽る。  例えば、2019年には、ディープフェイクとされるものがガボンのクーデター未遂に一役買った。このことは、AIが生成した情報の倫理的意味合いについての緊急の疑問を促している。世界経済フォーラムが年明けに発表した「グローバル・リスク・レポート2024」では、今後2年間で、AIの悪用を通じて「外国と国内のアクターは同様に、社会的・政治的分裂を拡大するために誤報や偽情報を活用するだろう」と指摘しており、AIが生み出す誤報と偽情報が国際社会に対して短期的に最大のリスクであると警鐘を鳴らしている。特に、AIが有権者を欺き、立候補者を悪意を持って欺くために利用されるのではないかという懸念が、世界中の何百万もの人々が投票に向かうであろうこの年にエスカレートしている。
  1. 所有権を定義する枠組みがない
    • 現在のところ、AIが生成したコンテンツの所有権を定義する包括的な枠組みはない。AIシステムによって生成・処理されたデータを誰が所有するのかという問題は未解決のままである。例えば、2022年末に始まったアンデルセン対Stability AIらとして知られる訴訟では、3人のアーティストが力を合わせ、様々なGenerative AIプラットフォームに対して集団訴訟を起こした。この訴訟では、これらのAIシステムが必要なライセンスを取得せずにアーティストのオリジナル作品を利用したと主張している。アーティストたちは、これらのプラットフォームがAIを訓練するために彼らのユニークなスタイルを採用し、ユーザーが既存の保護された創作物から十分な変換を欠く可能性のある作品を生成することを可能にしたと主張している。さらに、生成AIは広範なコンテンツ生成を可能にし、クリエイティブ産業における人間の専門家によって生み出される価値が疑問視されるようになる。また、知的財産権の定義と保護にも課題がある。

AIに対するためらいや懐疑的な見方があるのは賢明なことかもしれないが、AIのアプリケーションはヘッドラインから遠く離れたところにあり、私たちの働き方だけでなく、私たちが暮らす地域社会や世界中のコミュニティーにポジティブな影響を与える方法に、激震的な変化をもたらす可能性を秘めている。

AIと社会課題

社会課題とは、環境問題、人権問題、貧困問題、教育問題など、社会において未だ解決に至っていない問題のことを指す。これらの問題の解決のためには、国際的な協力や多様な視点が必要なため、国連によって、2030年までに持続可能でより良い世界の実現を目指す国際的な目標であるSDGs(持続可能な開発目標)が制定された。*4

SiriやAlexaのようなバーチャルアシスタントから自動運転車まで、あらゆるものにAIが普及していることを考えれば、AIが世界で最も差し迫った社会課題の解決を志すNGOや企業の活動にも影響を与えないという理由はない。しかし問題は、AIの潜在的な利点が起こりうるリスクを上回り、そのようなアプリケーションが支援することを意図した個人が、その使用によって実際に害を受けないかどうかである。*1

AIの社会貢献の具体例

AIが社会貢献するのは新しいことではない。例えば、視覚障害のある人向けにパソコンの音声合成によりWEBの文字情報を読み上げる世界で初めての実用的な音声WEBブラウザ「ホームページリーダー」を開発し製品化したのは日本人の浅川智恵子さんで、1997年に日本語版が開発された後、英語版も開発された。これはAIが社会問題を解決し、アクセシビリティに対応した好事例である。*5

一方で、社会課題の解決の使命感に燃える組織の多くはリソースに制約があり、より少ないリソースでより多くのことを行う革新的な方法を見つけなければならない。Fortuneの調査によるとソーシャル・インパクトの専門家の70%以上が、社会的インパクトに関連するさまざまな活動でデータを収集、作成、提供するのは困難だと答えている。また、インパクト報告の管理は、スプレッドシート、Eメール、テキスト文書、報告書などをごちゃ混ぜにしたものに頼っており、そのプロセスは非常に非効率的であるとの回答がほとんどであった

それゆえ、ビジネスにおけるAIの使用と同様に、反復的な作業を自動化し、大規模なデータセットを分析し、人間が見落とす可能性のあるパターンや洞察を特定することによって、効率を改善し、より良い意思決定を行い、奉仕するコミュニティへの影響を増大させることができる

マッキンゼー・グローバル・インスティテュートが最近発表した報告書によると、AIの利用率が高く、多くの人々が影響を受けると思われる4つの主要分野において、社会的課題を解決する上でAIの能力が特に有意義であることが示されている。*6

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