プラスチック汚染を根絶するための世界初の法的拘束力ある条約を最終決定する重要な交渉の場である国連会議が、2025年8月5日から14日までスイス・ジュネーブで開催された。本記事では、プラスチック汚染の現状、国連会議の結果等を解説する。
気候変動と環境汚染の両方の原因としてのプラスチック
プラスチック生産は気候変動の主要因の一つであり、世界の温室効果ガス(GHG)排出量の3〜5%を占めている。これは航空セクターと同等の規模であり、今後介入がなければ2050年までにその生産量は2倍から3倍に増加すると予測されている。
特に、プラスチック由来のGHG排出の90%は生産段階に集中しており、その大半が化石燃料由来の原料やスチームクラッキングといったエネルギー集約型プロセスによって生じている。*1
さらに、プラスチックは気候変動だけでなく環境汚染にも深刻な影響を与えている。マイクロプラスチックはほぼすべての生態系や人間の体内で発見されており、生物多様性の劣化や健康リスクを拡大している。
この「気候変動」と「汚染」という二重の危機に対応するには、統合的な解決策が必要である。そのためには体系的な変革が不可欠であり、特に高所得国では「安価で使い捨て」という現状から脱却し、耐久性や再利用を重視する社会構造への転換が求められる。
また、研究・開発・実証・普及(RDD&D)を強化して技術の実用化を進める一方で、万能の技術解決に過度に依存しない慎重さも必要である。
一方で、プラスチックを明示的に対象とした気候関連政策は依然として限定的であり、場合によっては排出を増加させる国家戦略も見られる。主要な生産・消費国は、国内での強力な行動と国際協力を通じて、より積極的に責任を果たすことが求められている。
こうした気候変動面での課題に加え、実際の汚染規模そのものの深刻さも無視できない状況にある。
プラスチック汚染の深刻性
世界では年間約4億6,000万トンものプラスチックが生産され、そのうち約2,000万トンが海洋や陸域に流出し環境を汚染している。
世界経済フォーラムの『グローバルリスク報告書2025』では、環境汚染は今後10年間で最も深刻な影響が予想される10大リスクの一つに挙げられている。プラスチック汚染はその主要因であり、陸域、河川、海岸線、海洋生態系がプラスチック汚染物質の影響を受け続けている。
経済協力開発機構(OECD)は、2025年には世界のプラスチック廃棄量が10億トンを超え、2060年には17億トンに達すると推計している。プラスチック汚染の大部分は、ペットボトルやキャップ、レジ袋、使い捨てカップ、ストローなどのシングルユース製品に由来すると国際自然保護連合(IUCN)は報告している。
陸上から海洋へのプラスチック流出では、都市排水や雨水による流出が最大の原因となり、マイクロプラスチックがその大部分を占める。マイクロプラスチックは小さいサイズに製造された粒子か、大きなプラスチック製品の劣化によって生じるものかのいずれかであり、海洋プラスチックの90%以上がマイクロプラスチックであるとの推計もある。
プラスチック汚染は生物多様性の喪失や生態系の劣化を促進し、気候変動にも寄与している。プラスチックの生産・使用・廃棄管理が全体の温室効果ガス排出量の約4%を占め、特にマイクロプラスチックは食物連鎖に入り込むことで人の健康にも影響を及ぼす。
各国がシングルユースプラスチックの規制を進めているものの、より大規模な効果を得るにはグローバルな行動が不可欠である。これに伴い、汚染による経済的損害は2016年から2040年までに累積281兆ドルにのぼると見積もられている。こうした事態を受け、2022年に国連環境総会で条約策定が決議され、包括的な法的枠組み構築が急務となった。*2
なぜ地球規模プラスチック条約が重要か
プラスチック汚染の被害累積コストは2016年から2040年の間で約281兆ドル(4京1,588兆円)に達すると推定されており、再利用とリサイクルを柱とする循環型経済の確立は条約の中核をなす。
また、製品や包装の代替策を設計し環境影響を低減することも重要課題である。多くの国が廃棄物処理インフラを欠く現状を踏まえ、国際自然保護連合(IUCN)は規制や目標を包括的に設計すべきだと指摘している。
世界経済フォーラムのグローバル・プラスチック・アクション・パートナーシップ(GPAP)は、地球規模目標を各国の国内行動計画に結びつけ、実効的な地域行動へと導く牽引役を担っている。
プラスチック汚染終息条約を目指す国連会議
プラスチック汚染問題が国際的に注目される中、2022年3月の国連環境総会(UNEA-5)で決定された「プラスチック汚染終息条約」の文案を策定するために設立された国際交渉委員会(INC)の第5回会合の第2フェーズ(INC-5.2)の会議が、今月スイスのジュネーブで開催された。
これまでに5回の交渉が行われ、2024年の釜山会合では議長案テキストが提示されたものの、適用範囲や規制内容などで合意に至らなかった。
今回のINC-5.2では、未解決の主要論点を最終決定し、法的拘束力ある条文として確定することが目的とされた。会場となったジュネーブの国連欧州本部には、180カ国以上の政府代表や専門家が集まり、最後の調整に臨むことが想定されていた。
主要な論点は、①プラスチック汚染対策の対象範囲を廃棄物削減に限定するのか、設計・製造からリサイクルまでライフサイクル全体に広げるのか、②一次ポリマーの生産抑制や有害化学物質の段階的廃止といった原料段階での規制措置を含めるのか、③資金調達や技術移転の仕組みを整備し、特に途上国の廃棄物処理インフラを支援する体制をどう構築するか、であった。
法的拘束力のある国際条約が成立すれば、これまで断片的だった各国の規制を統一し、強制力あるルールの下でプラスチック汚染削減の枠組みが確立される。その結果、循環型経済の推進や代替素材の開発が加速し、再利用・リサイクルへのインセンティブが高まる。また、途上国への技術・資金支援が体系化され、国境を越えた協力が深化することで、生物多様性損失の抑制や気候変動対策への貢献など、多重的な環境・社会的利益が期待されていた。
交渉の行き詰まりと決裂
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