先日、菅首相は所信表明演説で2050年までに国として温暖化ガス排出量ゼロを目指すことを発表した。また、米国でも大統領選で当選を確実にしたバイデン氏が同様の目標を表明した。しかし、脱炭素社会を実現するのは簡単なことではない。脱炭素投資のトレンドを紹介した第一弾の記事で紹介した通りに、国の年間温室効果ガス排出量の8割以上を占めるエネルギー消費に伴うCO2排出を産業部門別で仕分けすると、工場などの産業部門が3.98億トン(全体の34.5%)と最も多く、次いで自動車などの運輸部門が2.1億トン(18.2%)、商業・サービス・事務所などの業務・その他部門が1.98億トン(17%)となっている。(引用:環境省が公開している2018年度のデータ)
そこで、今回は部門別排出量が最も多い産業部門にフォーカスして解説していく。
目次
製造業で排出量の高い分野
製造業の中では以下のグラフのように、鉄鋼・化学工業・機械の順で二酸化炭素の排出量が多い。
①鉄鋼業界
(高炉(出銑の様子)出所:一般社団法人 日本鉄鋼連盟)
なぜ排出量が高い?
「製鉄」には鉄鉱石を石炭由来のコークスで還元する高炉法と、鉄スクラップを原料にする電炉法があるが、日本製鉄やJFEホールディングスなど大手3社が採用する高炉法は還元反応で大量のCO2が出る。
鉄鋼業の分野で脱炭素化に取り組む企業とは?
次に、脱炭素化に積極的に取り組む日本企業を2社紹介する。
日本製鉄:
国内最大手。20年度内に初のCO2削減計画を示す。鉄スクラップだけを原料に使う電炉と呼ばれる生産施設を海外で増やす。電炉は高炉に比べCO2排出量が4分の1だ。
JFEスチール:
JFEスチールは2021年度までに、国内にある全製鉄所で環境負荷の少ない新型設備を導入して、30年度までにCO2排出量の2割削減をめざす。
世界的に見るとどうか?
鉄鋼業の脱炭素の動きは海外でも本格化している。世界の鉄鋼業では石炭由来ではなく、水素で鉄鉱石を還元することで、CO2排出を減らす技術の確立が進む。先行するのは欧州勢だ。
ドイツの大手鉄鋼・機械メーカーであるティッセン・クルップは8月、水素還元方式の鉄鋼生産プラント(年間40万トン規模)の建設に着手し、2025年までに工場の主要部分を完成させる計画で、それに向けてまず年産40万トンで始め、2030年に同300万トンに引き上げる。
欧州アルセロール・ミタルは水素を使った製鉄の実用化やCO2の回収技術などを総合的に組み合わせ、50年までに全世界でCO2排出を実質的にゼロにする目標を示している。
一方、日本の鉄鋼業界が掲げるCO2排出のゼロ目標の時期は「2100年」。世界とは半世紀も遅れる。日本製鉄やJFEスチールなど鉄鋼大手と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が共同で実証研究を進めてはいる。ただ、「安価で大量の水素供給が整わない限り、水素還元製鉄は実現できない」(日本製鉄の橋本英二社長)という。
中国では、脱炭素に向け水素を使った製鉄法の開発なども進んでいる。また、環境規制が強化されており、政府は高炉から電炉への置き換えを企業に促している。
②化学工業業界
なぜ排出量が高い?
化学工業は、化学肥料、カセイソーダや塩素などの無機化学、石油化学などの基礎化学やせっけん、合成洗剤、塗料、化粧品、火薬、香料などのスペシャリティ・ケミカルズ、医薬品、農薬などのビジネスが含まれる。
化学工業は鉄鋼業と同様に実際の製品を作るために、大量の電力を使っている。そのため、企業の電力を再生可能エネルギーに切り替えられるか。また、製造技術の変革で排出量を抑えることができるかが、脱炭素化へのポイントになる。
化学工業の分野で脱炭素化に取り組む企業とは?
SBTi (Science Based Targetsイニシアティブ)に参画する企業に注目
SBTイニシアチブは、企業に対し、科学的根拠に基づいた温室効果ガス削減目標を設定することを推進している。同イニシアチブに参加する企業のCO2削減目標や計画がは第三者に評価され、具体性のある取り組みは認定される。現在、SBTiに認定されている日本企業は77社ある。そこで、化学工業のSBTi認定企業のうち3社を紹介していく。
小野薬品工業:
大阪府に本社を置く日本の製薬会社である小野薬品工業は、SBTiから最も厳しい目標「1.5°C目標」に認定されている。
小野製薬工業の温室効果ガスの削減目標は以下の通りだ。
◆「自社での燃料使用や研究・生産プロセスからの温室効果ガス直接排出量」(スコープ1)と「自社が購入した電気や熱の使用による温室効果ガス間接排出量」(スコープ2 )を2017年度と比較し、2030年度までに50%削減、2050年度までにゼロにする。
◆スコープ1、2以外の温室効果ガス間接排出量「原料調達、製品輸送・使用・廃棄、社員の通勤・出張等」(スコープ3)を2017年度と比較し、2030年度までに30%、2050年度までに60%削減する。
住友化学:
住友グループの大手総合化学メーカーである住友化学株式会社は、SBTiの「2°C目標」に認定されている。
温室効果ガスの削減目標
◆2030年度までに、グループの「製造プロセスにおける燃料使用など、工場からの直接的な温室効果ガス排出」(スコープ1)と「工場外からの電力・熱の購入などによる間接的な温室効果ガス排出」(スコープ2)を2013年度比で30%削減。
◆2050年度までに、バリューチェーンにおける温室効果ガス大幅削減のためのソリューションを提供しつつ、グループの温室効果ガス排出量(上記のスコープ1と 2)を2013年度比で57%以上削減
◆購入する原料の製造段階、輸送段階などでの排出(スコープ3)に関して、同社の主要サプライヤーが、2024年度までに科学に基づく温室効果ガス削減目標を設定するようエンゲージメント(目的をもった対話)を実施
積水化学:
大阪府に本社を置く大手樹脂加工メーカーである積水化学株式会社は、SBTiの「2°C目標」に認定されている。
温室効果ガスの削減目標
◆2030年度までに「事業者からの直接排出、製造プロセスにおける燃料の使用等」(スコープ1) と「エネルギー起源の間接排出、製造プロセスにおける購入電力等」(スコープ2)の温室効果ガス排出量を2013年度比で26%削減
◆2030年度までに「その他の間接排出、サプライチェーンでの製造、輸送、お客様での製品の使用、廃棄等」(スコープ3)を2016年度比で温室効果ガス排出量を27%削減
世界的に見るとどうか?
SBTiから最も厳しい目標「1.5°C目標」に分類されている世界の化学工業部門の企業は、世界で17社あり、その内訳は化学が8社医薬品 とバイオテクノロジーが9社となっている。日本企業では、小野薬品工業1社のみである。
製造業もグリーン投資対象分野
政府も製造業の脱炭素化を支援する。政府は、脱炭素化に必要とされる製造業の育成に向けての税優遇措置の対象とする生産設備が判明しており、リチウムイオン電池、風力発電機や電圧の制御に使うパワー半導体も減税の対象になる見込みだ。
リチウムイオン電池材料関連の分野では、旭化成、関西電化工業、日立化成などがトップランナーだと言える。
(参考:岡三オンライン証券-企業分析ナビ)
風力発電機の分野では、これまで国内で大型風車を製造していた「三菱重工業」「日立製作所」「日本製鋼所」の3社は、現在いずれも単独での風車製造を行っておらず、本社を東京都台東区に置く橋梁メーカー「株式会社駒井ハルテック」が国内の陸上設置の大型風力発電設備、出力300kW機を開発・製造する唯一の国内メーカーである。
三菱重工業は、10月29日に、風力発電の自前開発から撤退し、風力発電設備の世界最大手ヴェスタス(デンマーク)社が開発した風力発電設備を日本市場を中心とした販売会社を設立することを発表している。
日立製作所も、エネルコン(ドイツ)と提携拡大し、風力発電機の自社生産をはせずにエネルコン製の風力発電機のみを販売している。(参考:日経クロステック 、日本経済新聞)
パワー半導体の分野では、日本の電機大手メーカー東芝や三菱電機、富士電機などが市場が拡大する電気自動車(EV)向け半導体の増産投資を進めている。(参考:日本経済新聞)
また、企業や大学、研究機関の再生エネ・省エネに関する研究開発を支援する基金の新設も決定された。対象は水素、蓄電池、カーボンリサイクル、洋上風力とされている。
まとめ
部門別排出量が最も多い産業部門だが、2050年温暖化ガス排出量ゼロに向けて、企業の取り組みが本格化し始めている。また、それらの一部は政府のグリーン投資の対象となるため、企業の脱炭素化への取り組みは、ますますビジネスの競争力に直結するようになるだろう。ESG投資家は、政府が「成長戦略」の柱と位置づける環境技術の分野とリーディング企業に注目することで、脱炭素社会の実現に貢献する投資対象の判断に参考になるだろう。
参考リンク:
日本経済新聞:
日本企業転換迫られる 排出ゼロ EV・燃料電池車に遅れ
国立環境研究所:
2018 年度(平成 30 年度)の温室効果ガス排出量(速報値)について
小野製薬株式会社:
環境グローバルポリシー・2050年環境ビジョン | 環境 : | 小野薬品工業株式会社
住友化学グループ:
【温室効果ガス】住友化学グループ、削減目標がSBTイニシアチブの認定取得
積水化学株式会社:
温室効果ガス削減目標に関して「SBTイニシアチブ」での認証取得(化学業界として世界初)|新着情報|積水化学
United Nations Global Compact:
Business Leaders Taking ActionAssa Abloy
日本経済新聞:
脱炭素投資に税優遇 政府与党、研究開発支援で基金も