「カーボンニュートラルな電気」として木質バイオマス発電の導入量は年々増加してきました。当初は林地残材などの地域の森林資源利用の推進は目的の一つであったが、近年は海外産の原料輸入が急速に伸びています。世界に先駆けてバイオマスの導入を活発に進めてきた欧州でも同様の現象が起こっており、木質バイオマスの「カーボンニュートラル」や持続可能性について多くの疑問点が顕在化してきています。本記事では欧州での最新の取り組みと交えながら、日本や世界における木質バイオマス発電の持続可能性について説明します。
目次
バイオマスエネルギーとは
バイオマスとは動植物由来の生物資源のうち化石燃料を除いたものであり、これらを用いたエネルギー利用は再生可能エネルギーとして位置づけられています。バイオマスは固体・液体・気体燃料に変換され、発電、熱利用、輸送用燃料として利用されています。
日本におけるバイオマス発電の状況
日本は2012年に固定価格買取制度(FIT)の制定を受けてバイオマス発電の計画と導入が進み、FIT施行前の導入量が231万 kWであったのに対し、2019年には1085万kWに拡大しました。2030年にはエネルギーミックスに占める割合を3.7-4.6 %に達する予定です。
バイオマス発電とFIT
FITではバイオマス燃料は6種類に区分されており、それぞれ買取価格が設定されています。
「メタン発酵ガス」
「間伐材等由来の木質バイオマス」
「一般木質バイオマス・農産物の収穫に伴って生じるバイオマス固体燃料」
「農産物の収穫に伴って生じるバイオマス液体燃料」
「建設資材廃棄物」
「廃棄物・その他のバイオマス」
一般木材に(および農業残渣)は輸入木質チップ・ペレット・パーム椰子殻(PKS)が含まれています。
当初は地域の林地残材、製材端材、農業残さなどを発電燃料に活用することによる国内の林業や農山村の活性化が期待されていたため、バイオマス発電にはこのように高い買取価格が設定されて促進されてきました。しかし現実には、林地残材は林地からの搬出コストが高く、大量に調達するためには広範囲から収集する必要があるため、運搬費がかさみ、未利用材による発電は頭打ちの状況です。
バイオマスの需要
FIT認定の拡大に伴って木質バイオマスの需要が高まっています。現在調達されている原料に着目すると、主要な木質バイオマス発電源は一般木材による発電です。その一般木材の燃料調達の半分以上が輸入木質ペレットやPKSが占めています。PKSはパーム油を搾油した後に発生する農業残渣であるため、安価で安定的に供給できる資源として注目されています。
一方、木質ペレットは木質チップと比較してエネルギー密度が高く、燃焼効率が高いため需要が高く、現在は主にカナダとベトナムから丸太由来のペレットの輸入が進んでいます。国内の建築廃材市場が停滞していること、国内の林地残材などの供給が不足していることを踏まえると、安定的に供給できる海外産のバイオマスへの依存が一層高まると予想されます。
森林バイオマスはほんとに持続可能か?欧州で批判が高まる
脱炭素化と再生可能エネルギー拡大のため、木質バイオマスの発電は世界的に需要が高まり、欧州では最大の再生可能エネルギー源となっています。当初は製材所や製紙工場の廃材による発電を推進するものだったが、今日では原料供給のために森林伐採が行われ、管理された再生林のみならず中央ヨーロッパや北アメリカの原生林で違法伐採が行われていることが告発されています。今ほど木質バイオマスに対する批判が高まったことはないでしょう。
2018年には784名の科学者がEU議会に対し、森林を伐採するバイオマス燃料への強い懸念を示し、木材廃棄物と残留物のみに限定するよう求める書簡を発行しました。書簡には持続的に管理された森林であっても、森林伐採は土壌の炭素を大気中に放出することに寄与する行為であり、科学論文の報告が示すように、西ヨーロッパや北アメリカの北方林の場合植林による完全な吸収には最低100年要することがわかっており、森林伐採が「カーボン負債」であることを訴えています。
2050年の脱炭素化という目標が時間軸で設定されている以上、数世代に渡る二酸化炭素排出源となる木質バイオマスが果たして有効な気候変動対策となるのか問われています。
木質バイオマス発電はほんとに「カーボンニュートラル」か? -LCA 分析の視点から-
植物は燃やすとCO2を排出しますが、成長過程では光合成により大期中のCO2を吸収するので、排出と吸収によるCO2のプラス・マイナスはゼロになると見なされてきました。 バイオマス発電も同様に、燃やしてもCO2の増減に影響を与えない「カーボンニュートラル」なエネルギーとしてその利用は推進されてきました。
しかし、木質バイオマスが発電に至るまで輸送や加工といった過程で二酸化炭素を排出しています。木質バイオマスの伐採、運送、加工、燃焼も含め、ライフサイクル・アセスメント(LCA)の観点からは、バイオマス発電のCO2排出量を正確に計算することが求められます。
原料供給から燃焼に至るまでの総二酸化炭素排出量はライフサイクルGHG排出量として算定されます。欧州では2018年に算定ルールが設けられ、これに基づくライフサイクルGHG排出量に関する基準値は「エネルギー生産あたりのライフサイクルGHG排出量[g-CO2/MJ Energy]」として表されています。
EUの算定ルールの大枠は以下の通りです。
ライフサイクル GHG排出量 = (原料栽培) × (加工) × (輸送) × (燃焼) ÷ 発電効率
・原則としてライフサイクルを原料栽培・収集、加工、輸送、燃焼の4工程
・栽培のための直接土地利用変化に伴うGHG排出は原則として対象外
・木材の栽培における炭素吸収効果は加味されていない
・燃焼にはCO2以外のGHGが計上される
・副産物(未利用材・農作物残渣)は発生時点からライフサイクルが算出される
日本におけるバイオマス発電について複数のシナリオに基づいて算出されたライフサイクルGHG排出量が報告されています。その中で、国内の木質バイオマス発電の主要な原料となっている国産木質チップ、海外産の木質ペレットとPKSを中心に以下に取り上げています。
国産の林地残材を木質ペレットの原料とする場合は加工によるGHG排出量が海外産と比較して大きいが、運送による排出量が少ないため、輸入材よりCO2の総量は比較的に少ないことが分かります。加工によるGHG排出量が多い理由は、日本における未利用材の収集が依然として効率性を欠いていることを反映しています。
カナダやベトナムと合わせてアメリカは木質ペレットの主要な輸入先となっているが、輸送によるGHG排出量が大きいことが特徴です。しかし、これは海上輸送に限定した数値であるため、北米などでは陸上輸送に伴う排出も加味することとなり、さらに排出量が増加する見込みです。
輸入PKSは他の輸入木質チップやペレットと比較して加工による排出量が小さくなっており、大規模の発電所で使用される燃料として比較的低炭素な原料として見えます。PKSの詳しいライフサイクルGHG排出量については後述します。
石炭・ガス火力と発電効率30 %のバイオマス発電所におけるライフサイクルGHG排出量を比較した場合、木質バイオマス発電は化石燃料よりもGHG排出量が小さいものの、カナダ産木質ペレットはLNGコンバインドに匹敵することが分かります。
PKSの特徴と課題
PKSはパーム油生産と並行して生産される「副産物」として扱えるため、ライフサイクルGHG排出量を抑制する効果的な原料として見られています。そのため、日本だけでなく韓国においても東南アジア産のPKSの需要が急速に拡大しています。また、パーム油の世界的な需要の高まりによりパーム油の生産量も増加していることからPKSのさらなる供給が見込まれています。しかし、必然的に、パーム農園の開発による森林伐採など環境破壊等の増加が予想され、パーム油と合わせてPKSの持続可能性が疑われています。
そこで、PKS生産に伴う土地利用変化を加味して算定されたライフサイクルGHG排出量を表した結果が以下の図で示されています。土地利用変化に伴ってライフサイクルGHG排出量は増加していることがわかるが、特に泥炭地の開発が行われる場合は1メガジュール(MJ)当たり1.8 kgのGHGが排出されると予測されます。これは泥炭地に多くの炭素がメタンなどの形で蓄積されているためです。
持続可能なバイオマス資源調達への取り組み
EUでは持続可能なバイオマス資源の利用を実現するため、再生可能エネルギー指令 (RED)IIが2018年12月に公表され、持続可能性基準及びその遵守を検証する方法、GHG排出量の算定方法等が示されました。さらに、持続可能性基準の遵守を担保するために自主的スキームを用いる予定です。
一方日本では現在、資源エネルギー庁においてバイオマス持続可能性ワーキンググループが設置されており、持続可能性の評価基準として環境・労働・ガバナンス・サプライチェーンの管理・第三者認証などについて議論が行われています。
バイオマス発電全体の持続可能性基準として経済産業省資源エネルギー庁の「事業計画策定ガイドライン(バイオマス発電)」(2021年4月改訂)、木質バイオマスに関しては、 林野庁の「木材・木材製品の合法性、持続可能性の証明のためのガイドライン」(2006年2月)、 「発電利用に供する木質バイオマスの証明のためのガイドライン」(2012年6月)があります。
FITの「事業計画策定ガイドライン」においては、パーム油、PKSなどのバイオマス燃料については、RSPO(持続可能なパーム油のため の円卓会議)、RSB(持続可能なバイオマスのための円卓会議)といった第三者認証制度によって持続可能性が認証されたものでなければならないとしています。一方、木質バイオマスについては、 認証が必要であるとしているが、具体的な認証については記述されていません。「木材・木材製品の合法性、持続可能性の証明のためのガイドライン」を参照することとしているものの、当該ガイドラインでは、認証以外の確認方法も許容されています。
終わりに
木質バイオマス発電は「カーボンニュートラル」の合言葉のもと世界中でその需要が高まってきました。しかし、その需要の高さに応えるために供給される資源は完全にカーボンニュートラルではなく、海外産の原料を輸入することで運送によるCO2排出量を増加させることとなっています。また、PKSなどの木質バイオマスを代替する資源は「副産物」としてその二酸化炭素削減効果は注目されていますが、LCAを行うことでパーム農園開発による土地利用変化を加味すると、PKSのライフサイクル排出量は大きく上がる可能性もあります。
結果として木質バイオマスは必ずしも持続可能な原料とは言い難く、石炭火力やガス火力発電と比較してCO2排出量は少ないと見込められる一方で、原産地、加工方法、輸送などのサプライチェーン全体による排出量を考えた時に、削減効果は小さい可能性があります。しかし、再生可能エネルギーを基盤とする社会を実現する上で木質バイオマスは変動性の太陽光・風力の調整用電源としての役割を持つため、効果的な木質バイオマスの運用が求められており、持続可能性基準や第三者認証に基づいた調達方法やLCAを用いた定量的な分析が必須であると考えられます。
参考リンク
資源エネルギー庁「バイオマス発電燃料の持続可能性の論点について」https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/shin_energy/biomass_sus_wg/pdf/006_01_00.pdf
日本木質バイオマスエネルギー協会 「木質バイオマス燃料の需給動向調査」https://jwba.or.jp/wp/wp-content/uploads/2022/06/JWBA_supply_demand_trends_fuel_wood_2021report.pdf
EU議会への科学者らの書簡 https://www.pfpi.net/wp-content/uploads/2018/04/UPDATE-800-signatures_Scientist-Letter-on-EU-Forest-Biomass.pdf
MUFJリサーチ&コンサルティング「バイオマス燃料の安定調達・持続可能性等に係る調査」https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/H30FY/000087.pdf
欧州委員会(EU)https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32018L2001