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Guest Blog: 畜産業の改善を求める投資家と日本企業

家畜の福祉は、公衆衛生とビジネスリスクの観点から、投資家の関心事となってきている。本稿ではアメリカに本部をもつ家畜福祉団体の日本支部「ザ・ヒューメイン・リーグ・ジャパン」の専門家をゲストライターとして招きし、世界的な家畜福祉(ファームアニマルウェルフェア又はFAW)の動向として、最近の「家畜投資リスクとリターン」に焦点を当てるFAIRRイニシアチブの取り組みや食品部門を中心とする大手グローバル企業の政策を評価するビジネスベンチマークを調べ、国際的な競合と比較した日本の主要企業の取り組みをレビューする。

目次

What is farm animal welfare ?  ファームアニマルウェルフェア(家畜福祉又はFAW)とは

ファームアニマルウェルフェア(FAW)は、日本語では家畜福祉とも表される。端的に言えば、畜産に使われる家畜動物は「感情のある生命体である」と考え、動物の心身的ニーズを尊重し、畜種ごとに適切な飼育方法を福祉として担保するという考えである。

そもそもFAWの考えは、1964年にイギリスのルース・ハリソンが出版した『アニマルマシーン』が発端となっている。戦後に大量生産を重点においた生産が、畜産現場にも広がり、近代の畜産農場は集約的畜産真または工場的畜産という効率性を重視し、動物を大量に飼育し、大量に生産する方法に変わっていた。その近代的畜産農業の内部について書いた『アニマルマシーン』は、イギリスの国民の大きな反響をよび、それは市民運動へ発展し、やがてはイギリス政府を動かす力となった。イギリス政府はロジャー・ブランベル博士を筆頭とする科学者の集団「科学技術諮問委員会」(ブランベル委員会)を立ち上げ、畜産農業の飼育状況と実態調査の実施に至った。ブランベル委員会が出した報告書では、家畜の行動に必要な自由を確保することを提言し、それは後の農用動物福祉審議会により「5つの自由」として飼育基準として確立されたのである。

「5つの自由」とは以下の5つである。

  1. Freedom from Hunger and Thirst: 飢えと喉の乾きからの解放。
  2. Freedom from Discomfort: 不快からの解放。
  3. Freedom from Pain, Injury or Disease: 怪我、病気、痛みからの解放。
  4. Freedom to Express Normal Behavior: 自然な行動表現ができる自由。
  5. Freedom from Fear and Distress: 恐怖と苦悩からの解放。

「5つの自由」は家畜飼育現場のみならず、獣医療、展示動物などの多様な動物飼育の現場で基盤となっている。また現代では、苦痛を避けるという「5つの自由」の概念に加え、肯定的な経験や環境を増やすような項目も加えられてきている。

家畜福祉の基盤作り

EUでは1997年のアムステルダム条約で「動物は感受性のある存在」であるとされ、動物の福祉の要求を十分に考慮することが明文化された。それを受けて2012年にはEU内で飼育する採卵鶏(卵の生産に使用される雌鶏)のケージ飼育が禁止となった。また世界の動物衛生の向上を目的とする政府間機関「世界動物保健機構」通称OIEでは、動物衛生や人獣共通感染症に関する国際基準の策定等を行い、FAWも対象項目としている。世界展開する畜産貿易において輸送、人道的と畜、疾病管理、また殺処分についての福祉基準を設定する役目をになっている。さらには国連環境計画(UNEP)の公認協力組織としてサステナビリティ報告の世界標準となるガイドラインを策定する機関「グローバル・レポーティング・イニシアティブ」(GRI)が設立され、地球温暖化、人権などの持続可能性の重要問題へのビジネスの影響を企業、政府に伝えるための国際基準を推進している。2015年9月にはGRIは「食品加工会社」対象のガイドラインを公表し、FAWの政策開示は食品加工会社の社会的責任であるとした(松木、2018年)。

ビジネスと公共衛生に影響を与える投資リスクに

1986年に、FAWの声が高かったイギリスで牛海綿状脳症(BSE)という人間の食の安全、公共衛生と直結する問題が発生した。BSEはビジネスと公共衛生の脅威として、FAWの在り方を再び見直すきっかけになった。国境を超えてサプライチェーン、経営を展開するグローバル企業にとって、BSEのような人間の食生活や畜産現場に大打撃を与える問題が発生すれば、その影響は世界規模の経営ダメージだけでなく、環境や公共衛生への打撃となる。

生産者からスーパーマーケットやレストランまでのサプライチェーンを持つ食品会社にとって、FAWは経営リスク、特に投資の課題でもあると認識したのが、世界的なプライベート・エクイティ企業コラーキャピタルのジェレミー・コラー氏であった。歴史的に投資管理業界ではFAWを誰も注目してこなかったが、コラー氏は自分の財団をとおし、投資家に対し投資リスクとリターンの観点から畜産のあり方を考えるよう喚起する家畜投資リスクとリターン」(FAIRR) イニシアチブを立ち上げた。FAIRRイニシアチブは、工場式畜産で生産された製品を消費し続けることの経済的リスク、ならびに環境および健康コストの面から、工場式畜産で飼育された食肉の生産と消費に関連する28の危険因子を特定した。

食品会社の家畜福祉への対応を図るビジネスベンチマーク:BBFAW 

FAIRRイニシアティブを受けて、2012年に食品会社におけるFAW(家畜福祉、アニマルウェルフェア )の管理と報告の主要な世界的尺度となるビジネスベンチマーク・オン・ファームアニマルウェルフェアBBFAW)が作られた。世界の食品会社がどのようにFAWをガバナンスとして認識し、管理しているかを評価し年次にベンチマーク報告を出し、ロンドン市場、ニューヨーク市場発表する。投資先の企業の事業を理解する、投資先企業のFAWの政策と影響を理解するために、投資家への情報を提供している。また評価対象となった企業には、経営改善を目指すための指導、FAWの問題の理解を深めるためのコンサルティングをしている。設立以来、機関投資家にFAW問題により多くの注意を払うよう促す触媒的な役割を果たしてきている。BBFAWの専門機関として、イギリスのNGOコンパッション ・イン・ワールドファーミング(CIWF)が協働している。

日本企業の対応も焦点に

2019年8月時点でBBFAWには「家畜福祉の声明書」に署名した31の機関投資家が参加している。その規模は運用資産2兆4000億ポンドに相当し、コラーキャピタル、アビバインベスターズ、BNPパリバなどが署名している。「家畜福祉の声明書」では「FAW問題は、食品製造分野における長期的投資価値に関わるもので、企業の戦略的意向が大きく関係する」、「食品会社には自らの事業および供給における家畜福祉基準を作るという重要な役割がある」と明記され、他の機関投資家の参加も呼びかけている。

2019年のBBFAW評価では世界の150社が対象となった。内訳は小売業・卸売業52社、製造業63社、飲食店35社が対象で、地域は北米50社、欧州70社、他はオーストラリア、ブラジル、中国、ニュージーランド、タイなどの国の企業が評価されている。日本の企業では2017年に初めてイオングループとセブン&アイホールディングスが評価対象となり、2018年からは明治ホールディングスマルハニチログループニッポンハムが加わり、合計5社が日本からの評価対象企業となった。

BBFAWの評価エリアは4つある。

  1. 経営管理の取り組み:FAWは経営にとって重要と説明、密室飼育をしないなどの明確な政策を開示しているなど。
  2. ガバナンスと経営管理:FAWを日々管理する職員を設置、 FAW政策の目標を提示、系統的な評価があり開示している。
  3. リーダシップとイノベーション:FAWを促進するための研究やプログラム開発に貢献。業界の中でFAWを促進するためのリーダシップをとっているなど。
  4. パフォーマンスと影響の報告:密閉飼育や日常的な身体の切断や切除を回避した動物の割合、屠殺前気絶を使用する動物の割合、生体輸送時間の許容などのFAWパフォーマンス測定に関する報告し開示しているか。

日本企業5社は最下位?

 BBFAWでは35の客観的な基準に基づき企業を6段階評価をしている。最も良い評価は第1段階で、最低な評価は第6段階となる。日本企業5社すべてが2017年から2019年の評価まで毎年最下位の第6段階である。実際に各企業のウェブサイトやCSR報告書をみても、FAW(家畜福祉、アニマルウェルフェア )に関する明確な取り組み、政策はみられない。BBFAWがみている点としては、FAWを企業のガバナンスとして取り組み、体系的な政策があり、資金的人的資源を使い導入と管理を徹底しているか、そして重要なことはそれを公表しているかという点にある。日本の対象企業の場合、体系的政策や管理体制が開示されていないため、確認できず低評価になっているのだろう。

今後日本企業に求められる行動

個々の対象企業は、BBFAWから評価報告書が受け取る。企業は報告書の内容を確認し、書面および口頭によるコメントを出すと良い。また具体的にどこをどう改善することが評価が上がるかを知るために、BBFAWは対象企業と投資家を交えたオンラインミーティングも推奨している。実際に他の企業の事例などを参考にして、未来にむけたFAW政策を作っていくという前向きな姿勢は評価されるものだと考える。さらにこれからFAW政策をたて、促進したい企業は、自らBBFAWの対象企業に追加してもらうように働きかけ協働することも、1つの手段である。

重要なことはFAWをガバナンス、ビジネスの機会の問題であると受け止め、企業が一丸となって取り組む問題であるということを理解することが大きな一歩であると思う。また実際に一企業だけで実現していくのが難しい場合は、業界として取り組むことも必要である。

日本での FAW促進において、 FAWの専門家が少ないということは大きな課題の1つである。これを補うには時間がかかるが、例えば企業が研究者と協働し互いの知識を高める育成していくことはできるはずである。 その例に海外の食品業界が協力し設立された「グローバル・コーリション・フォー・アニマルウェル フエア」(Global Coalition for Animal Welfare/ GCAW)がある。GCAW は 2018 年にアラマ ーク、コンパスグループ、エリオール・グループ、イケアフードサービス、ネスレ、ソデクソ、 ユニリーバという主要な食品製造企業とフードサービス企業7社が主導し、ビジネスセクターが主導する家畜福祉向上のイニシアティブである。企業のス テークホルダー、投資家、専門家が協力して対策を作り世界展開の企業のFAWを引っ張って行く努力である。日本でもこのような企業主導のイニシアティブを作ることは可能である。また日本企業がGCAW に参加するということも価値がある。


ゲストライター

上原まほ ザ・ヒューメイン・リーグ・ジャパン

ザ・ヒューメイン・リーグ・ジャパンについて

アメリカに本部をもつ家畜福祉団体の日本支部「ザ・ヒューメイン・リーグ・ジャパン」は2017年に始動して以来、卵生産に使われる採卵鶏の飼育をケージ飼育から解放するための運動を展開している。日本には毎年1億8千万羽以上の採卵鶏が飼育され、その95%以上が狭いワイヤー製のバタリケージで密飼育されている。ザ・ヒューメイン・リーグ・ジャパンは日本のみならず世界のサプライチェーンに大きな影響力のある国内の大手企業に働きかけ、ケージフリー飼育生産(平飼い、放し飼い)の卵のみの調達とする政策を導入していただくこと、そしてその政策を開示していただくことを協議している。

参考リンク・文献

ビジネスベンチマーク・オン・ファームアニマルウェルフェアBBFAW)

「家畜投資リスクとリターン」(FAIRR) イニシアチブ

松木洋一著 (日本獣医生命大学) 「世界家畜福祉基準の影響とグローバル食品企業のアニマルウェルフェアビジネス〜アニマルウェルフェア 畜産の二つの道〜」、2018年7月第3回アニマルウェルフェアフードコミュニティジャパン 第三回総会シンポジューム冊子

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