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ランニング、ハイキング、登山、ウィンタースポーツが好きな人は多いだろう。しかし、着ているアウトドアウェアが「永遠の化学物質」で作られていたり、コーティングされていたりする可能性があることを知っている人はどのくらいいるだろうか。*1

PFAS問題への対策は、世界的に有名なアウトドア・ブランドや関連サプライヤーが数多く存在する日本にとっては、死活問題だ。代替品を見つけるのが非常に難しいだけではなく、国内規制が遅れていることを理由に、あらゆる業界の日本企業はPFASフリーへの圧力への対応が全体的に遅れている。しかし、企業のグローバルな相互関係が深まるにつれ、日本の企業は国際的な規制の流れから目をそらし続けることはできない。

本ブログでは、PFASに関する国際的な規制動向に対するアウトドア・ブランドの対応状況や第三者認証プログラムの重要性について詳しくピックアップする。

「永遠の化学物質」

PFAS(パーフルオロアルキルおよびポリフルオロアルキル物質)は、水や油、汚れをはじくユニークな性質があるため、何十年もの間、産業品から日用品まで多様な分野で使用されてきた。しかし、少なくとも4,700種類は存在するこの化学物質は、非常に強力で化学的に安定しているため、環境中で分解されにくく、生物濃縮性が高いため、長期間にわたって環境中に残存し続ける。人間がPFASを取り込むと、排泄されずに体内に蓄積される可能性もあり、ホルモンバランスの乱れや発がん性、不妊症など、健康への悪影響が指摘されている。

PFASは身体と環境の両方に被害をもたらす

現在、世界中の規制当局がPFASに対する規制を強化する方向に動いており、ファッション業界は変化を迫られている。影響の規模はまだ予測できていないが、アパレル・ブランド、繊維メーカー、小売業者など、業界のサプライ・チェーンに関わるすべてのプレーヤーに最終的な影響が及ぶ可能性が高い。このプレッシャーは、雨具、スキー用品、ランニングシューズに至るまで、あらゆるものに化学物質が使用されているアウトドアウェアとフットウェア業界において特に深刻である。

また、ファッションにおけるPFASの有害な影響に対する消費者の懸念だけではなく、同時に近年はブランドに対する法的な脅威も高まっている。

レクリエーショナル・イクイップメント社(REI)は2023年10月、有害なPFASが含まれているにもかかわらず、特定の防水衣料を「サステイナブル(持続可能)」として欺瞞的に販売しているとして、集団訴訟を提起された。訴訟を受け、ミネソタに本社を置く化学メーカーの3M社は12月、「環境中のPFASの存在を削減または排除することに焦点を当てた規制動向の加速と利害関係者の期待の変化」を理由に、2025年までにPFASの製造を中止すると発表した。

肌着業界では、生理用下着ブランドのThinx(シンクス)が、同社製品にPFAS化学物質が含まれているとして原告側がPFASは女性の身体と環境の両方に健康被害をもたらすと主張し、集団訴訟を起こした。2023年1月に500万ドル(7億5千万円)の和解に達したが、Thinx社はこの申し立てを否定しており、また同社は製品に有害な化学物質が使用されないようサプライチェーンをより徹底的に見直したが、このスキャンダルは同社の評判に大きな打撃を与えた。*2

有害性の評価~日本と欧米の違い~

日本政府はこれまで、PFASのサブグループであるPFOAとPFOSの使用のみを禁止してきたが、2024年6月には、日本が加盟している残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約に基づき、PFHxSの使用を禁止する予定である。

「日本では、PFAS化学物質が人々の健康にどのような影響を与えるかを調べる疫学調査がほとんど実施されていないため、調査に基づく政策決定が難しい」と世界のPFAS規制を追跡調査している三菱総合研究所のコンサルタント、船橋龍之介氏はJapanTimesの取材に対して回答した。*1

一方で、太平洋を隔てた米国の多くの州では、有毒化学物質の使用に注意を喚起する活動家のキャンペーンや訴訟を受け、繊維製品に使用されるPFASの全クラスの使用禁止を計画している。

例えば規制の進むアメリカでは、1月に施行されたメイン州の法律で、PFASが製品に使用されているかどうかを州の環境当局に開示することが、ブランドに義務づけられた。カリフォルニア州では、2022年に可決された法律により、2025年1日から安全でないとされている100ppmを超えるPFASを含む繊維製品の製造、流通、販売が禁止される。*3

ワシントン州は2025年までに、アパレルを含むさまざまな消費者製品に含まれるPFASを禁止する。ニューヨーク州も2025年までに、これらの化学物質を含む衣料品のほとんどを禁止する予定である。*2

米国の環境衛生団体の連合体であるSafer Statesは、今年もPFASの禁止は続き、少なくとも35州が政策を導入すると予想している。一方、欧州連合(EU)は10,000以上のPFAS化合物全体を対象とした禁止を検討している。

アパレル業界への参入に勝機あり?

人の健康と環境に有害な化学物質の生産、使用、廃棄が行われないよう、化学物質政策を改善し、人々の意識を高めるための公益団体の世界的ネットワークであるIPEN(International Pollutants Elimination Network:国際汚染物質廃絶ネットワーク)は、企業はPFASを含まない衣類を作ることができる、と主張する。*4

実際、PFAS不使用を公約しているノースフェイスとブラックダイヤモンドのジャケットを含む21の防水・防汚ジャケットはPFASを使用していない。米国ノースイースタン大学のグリーンサイエンス政策研究所と社会科学環境衛生研究所が実施した調査によると、Deuter、Jack Wolfskin、Mammut、ORTOVOX、Polartec、Vaudeなど、他のアウトドアウェア会社や小売業者もこの取り組みを行っており、有害な化学物質を含まない衣服は、製造可能であることを示している。

素材科学の研究者から起業家へ

このようなPFASの使用に対する圧力は、アパレル業界への参入を狙う一部の企業にとっては好都合だ。ロンドンを拠点とする新興企業アンフィコは、

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