今回はESGのSとGに関わる「ダイバーシティ」(多様性)についてお届けします。ビジネスにダイバーシティを取り入れることで、企業のパフォーマンスが高まるという研究結果が多く発表されています。しかし、日本の職場環境は依然として同質的であり、ダイバーシティを導入しないことは将来的にリスクを抱えることが明らかになっています。投資先として、ダイバーシティを重視する企業をどのように判断するべきかをご紹介します。
目次
ダイバーシティとは?
ダイバーシティは年齢、性別、国籍、学歴といった「個人や集団の間に存在しているさまざまな違い」を意味します。多様性を認めるだけでなく、積極的に労働市場で採用、活用しようという考え方がビジネスにおいて広がっています。*1
グローバル大手も重視するダイバーシティ
世界中でダイバーシティの重要性が高まっており、資産家や大手投資コンサルタントがデューデリジェンスの過程でこの基準を盛り込むようになりました。例えば、CFA Instituteの調査によると、機関投資家の83%が特にジェンダーの多様性を重視しており、55%が投資チームのパフォーマンス向上につながると考えていることを明らかにしました。さらに、各国政府は女性参加率を高める新規制を可決したり、従来の規制をより厳しく改正したりしています。その例として、ドイツ、フランス、カリフォルニア州などが挙げられます。
なぜダイバーシティが重要なのか
ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズは、多様性のあるグループは意思決定、リスク監視、イノベーションの改善に良い影響を及ぼすと指摘。他の研究では、人種、民族、性別の多様性を重視した経営陣は、平均以上の収益性を生み出す可能性が高いことが示されています。さらに、透明性の高い雇用、昇進、賃金慣行を通じて労働力のダイバーシティ・インクルージョンを促進する企業では、生産性、収益、市場シェアが向上しています。
企業の多様性と利益には相関関係があることが研究で示されています。2018年のマッキンゼーの調査では、管理職の性別多様性で上位25%の企業は、下位25%の企業よりも平均以上の収益性がある可能性が21%高く、優れた価値創造の可能性が27%高いと指摘しました。同報告書では、エグゼクティブチームの民族的・文化的多様性で上位25%の企業は、業界を牽引する収益性がある可能性が33%高いことを明らかにしました。
同様の調査で、ボストンコンサルティンググループは、性別、年齢、出身地、キャリアパス、業界背景、学歴などの要因に焦点を当てて経営陣を分析しました。その結果、多様な経営陣を持つ企業の方が利益率が9%高いことが判明しました。また、同調査では、多様なリーダーシップチームがイノベーションを促進することも示唆されており、より多様なリーダーシップを持つ企業の収益の半分近くは、過去3年間に発売された製品やサービスに由来しているとしています。*2
性別のダイバーシティの重要性に注目する研究「Women Count 2020」によると、全体の33%以上が女性で構成された執行委員会を持つFTSE350企業の純利益率は、委員会に女性がいない企業に比べて10倍以上になっています。*3
ダイバーシティを取り入れないリスク
もはやダイバーシティをビジネスに取り入れない方が、将来的に損をすると言っても過言ではないでしょう。数年前から、似たようなバックグラウンドを持つ人で役員会や従業員を構成するリスクの認知度は高まり、ジェンダーの多様性が注目されるようになりました。似た背景を持つ人々で構成されるグループは、保守的になる傾向があり、多様性が限られている企業は、同業他社の業績を下回る可能性が高く、風評リスクに直面する可能性が高いと示す研究が発表されています。
ダイバーシティを評価されている企業
では、実際にダイバーシティをビジネスに取り入れ、評価されている企業はどのような顔ぶれなのでしょうか。実際に見ていきましょう。
下図はレフィニティブによる、「グローバル・ダイバーシティ&インクルージョン・インデックス(D&I指数)」の2019年度ランキングです。世界の 7,000 社以上を対象に、「多様性」「受容性」「人材育成」「評判リスク」における 24 の評価基準による測定を行い、上場企業上位 100 社を特定しています。
1位はアクセンチュア、2位はディアジオ、3位はカナダロイヤル銀行となっています。D&I指数で上位100社をリードした業界は、13社が含まれた医薬品業界、次いで11社の銀行・投資サービス・保険、9社の通信サービス、7社の個人・家庭用品となりました。国別では、13社の米国がトップで、英国が10社、オーストラリアが9社と続きました。
(出処:Refinitive)
上位にランクインした企業は、具体的にどのような工夫が施されているのでしょうか。ランキング1位のアクセンチュアは平等な社員構成を目指しており、グローバル全体で2025年までに社員の男女比を50:50にするべく取り組んでいます。また、障がい者雇用のためのベストプラクティスを採用しているほか、性的指向、性自認、性表現を含むあらゆる個性から生まれる「自分らしさ」を尊重しています。*4
日本企業は上位100社の中に5社がランクイン。NTTドコモが32位で最も順位が高く、それに資生堂(58位)とソニー(64位)、富士通(65位)、アステラス製薬(95位)が入りましたが、成績は良いとは言えないでしょう。日本の抱える課題を解説します。
日本企業のダイバーシティ課題
国際労働機関(ILO)は2018年に世界の管理職に占める女性の割合を発表しました。世界平均は27.1%だったのに対し、日本は12%と主要7カ国(G7)で最下位であり、女性のリーダー層への登用は遅れています。
女性役員(監査役、執行役含む)の役員総数に占める比率は20年に6%と、データを取得できる15年から4ポイント上昇しました。女性役員のいる会社数は全体の47%にあたる935社となり、15年に比べて倍増で女性役員数も1296人と2.2倍に増えました。改善しつつありますが、イギリスの上場企業トップ350社で構成されるFTSE350の女性役員総比率の30%と米国のトップ銘柄で構成されるS&P500の女性役員比率の27%と比べると依然少ないのが現状です。
最も女性役員が多いのはエーザイの5人。20年には新たにESGの専門家として明治大教授の三和裕美子氏が社外取に就任しました。取締役会で積極的に女性を起用しているのはソニーで、取締役の3分の1にあたる4人を女性が占めています。外部から招くことが多い女性取締役として、今年リクルートホールディングスは社内の人材を昇格させました。*5
同質的な人事の原因として、日本特有の雇用体系が関係していると考えられます。構成員が交代するジョブ型雇用形態の場合、比較的多様な人財を登用しやすく、企業の制度や体制を改革しやすい傾向にあります。しかし、年功序列、終身雇用の日本企業においては長年勤務した社員が重役に就くため、ベテランの男性社員が重要な地位を占めている場合が多いほか、抜本的な改革を図られにくいです。
英大手資産運用会社が日本企業に求めるダイバーシティへの取り組みとは?
2019年イギリスの資産運用会社のリーガル・アンド・ジェネラルは日本企業のジェンダーの多様性を改善するために、少なくとも1人の女性の取締役会への任命と、すべての年功レベルで女性代表の増員を実施するよう促しました。結果、19社のうち12社が前年度と比較して、女性役員、女性役員、女性管理職、女性従業員の比率で測定されるジェンダー・ダイバーシティ・スコアを改善しました。*6
ダイバーシティ力の高い企業に投資するには?
投資先としてダイバーシティに専念する企業を選ぶ際、企業を見極める手がかりとなるのが指数です。例えば、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が選定する日本株のESG投資インデックスの一つに「MSCI日本株女性活躍指数(WIN)」があります。
WINはMSCIジャパンIMIのうち時価総額上位500銘柄をユニバースとし、女性活躍推進法により開示されるデータと企業の開示情報等に基づいて算出される性別多様性スコアが高い上位半数の銘柄を選定しています。構成比率は、時価総額加重平均ではなく、「時価総額×業種調整後性別多様性スコア×業種調整後クォリティ・スコア」という特殊な計算方式を用いています。トヨタ自動車、花王、キーエンス、リクルートホールディングス、KDDIなどが構成銘柄の中に含まれています。
他にも、米国のステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ (SSGA)のSPDR SSGAジェンダー・ダイバーシティ・インデックスETF (SHE)があります。
まとめ
労働力人口が減少する日本では、女性活躍の進んだ企業は将来の「労働力不足」のリスク耐性が高いと考えられます。多様性の対象は性別にとどまらず、年齢、経歴、出身地なども含まれており、それらもカバーしなければならないでしょう。ESG投資において「ダイバーシティ」は軽視できない観点です。
※5月23日(日)にESGSCHOOL#3「ESG の『S』の重要性」と題して、ビジネスと人権のテーマに迫るオンライン講座を開催します。詳細はこちらから
参考記事:
Legal & General:2019 Active Ownership Report
State Street SPDR:Diversity Strategy, Goals & Disclosure: Our Expectations for Public Companies
*1 カオナビ:【解説】ダイバーシティとは? なぜ日本企業は徹底すべき? 企業事例8選
*2 ruffer:Why diversity matters in investment
*3 American Century Investments:How Diversity, Equity & Inclusion Informs ESG Analysis
*4 アクセンチュア:インクルージョン&ダイバーシティへのコミットメント
*5 日本経済新聞:社外取、統治改革前の3倍5400人 女性役員も倍増
*6 Legal and General:2019 Active Ownership Report