目次
はじめに
脱炭素が競争力と結びつく時代、地方の成長戦略として、地域の脱炭素化を目指す官民連携が進められている。地域の強みをいかした地域の課題解決や魅力と質の向上に貢献する機会となることから注目を集めている。
そんな中、2021年6月9日に行われた政府の国・地方脱炭素実現会議で、「地域脱炭素ロードマップ」の公表と同時に、地域脱炭素を後押しする枠組として環境省が先導する「脱炭素先行地域」を設けて積極的に脱炭素地域の先行事例を日本全国で拡大させていく取り組みを行うことが発表された。
本ブログでは、2022年に注目されるESGテーマを見据えて、「脱炭素先行地域」に焦点を当てて、官民の連携で生まれつつある脱炭素ビジネスの可能性や、現在すでに取り組まれている地域脱炭素事例を取り上げ、2022年以降の脱炭素社会の動向を探る。
1. 脱炭素先行地域とは
脱炭素先行地域とは、「2030年度までに全国で少なくとも100か所の地域で電力消費に伴う二酸化炭素の排出を実質ゼロにする地域のこと」である。環境省によると、「先行地域」は、住宅地、商店街、農村部、離島などが想定されるとし、申請は、市区町村や都道府県単独のほか、複数の自治体、それに、自治体、企業、大学などの共同でも可能としている。
令和4年1月25日(火)に脱炭素先行地域の募集を開始される予定で、学識経験者らの審査を経て春ごろに20~30カ所を選定するとされる。2025年度まで年に2回程度行われ、環境省は、選ばれた地域に対し、来年度予算案に要求している200億円の交付金の配分を優先的に行い、「先行地域」から全国に「脱炭素」の取り組みを広げていくとしている。
事業内容は、市町村などを対象とする「脱炭素先行地域への支援」と都道府県などを対象とする「重点対策に取り組む地域への支援」の2つで、交付率はいずれも4分の3~2分の1である。
ー市町村向けの「脱炭素先行地域への支援」ー
民生部門の電力消費によるCO2排出量を実質ゼロとすることなどが要件。
【具体的な要件】
①地域の再エネポテンシャルを最大限活かした再エネ等設備の導入
:太陽光、風力、中小水力、バイオマス、 再エネ熱・未利用熱利用設備など
②地域再エネ等の利用の最大化のための基盤インフラ設備の導入
:蓄エネ設備、自営線、熱導管、再エネ由来水素関連設備、エネマネシステムなど
③地域再エネ等の利用の最大化のための省CO2等設備の導入
:ZEB・ZEH、断熱改修、電動車など
※①を前提に②③を組み合わせることとされている。
ー都道府県向けの「重点対策に取り組む地域への支援」ー
地域脱炭素ロードマップの重点対策に取り組むことなどが要件。国の基準や目標を上回る複数の重点対策の取り組みに対し支援が行われる。
具体的には、自家消費型太陽光発電、地域共生・裨益型の再エネ導入、ZEB・ZEH、断熱改修、電動車の導入など。
2. 脱炭素先行地域応募について
地方自治体(市区町村、都道府県等)、複数の地方自治体の共同提案
地方自治体、民間企業、大学等の共同提案
申請にあたっては、再生可能エネルギーを最大限導入するとともに、省エネとの組み合わせなどで、2030年度までに地域内の電力消費に伴う二酸化炭素の排出をゼロにする計画を立てることが求められる。さらに、発電による収益を生かした地域経済の活性化や、住民の暮らしの質の向上などに、どの程度効果があるのかを具体的に分析し、計画の進捗状況を管理する体制を作ることなども必要とされている。
ー申請の提案者ー
・地方自治体(市区町村、都道府県等)
・複数の地方自治体の共同提案
・地方自治体、民間企業、大学等の共同提案
ー想定される先行地域の範囲例ー
①農山漁村:営農型再エネ、木質/家畜排せつ物等バイオマス、地熱発電、スマート農林水 産業、森林整備
② 離島 :洋上風力や太陽光などの再エネ、水素利用、船舶の電動化
③都市部の街区(住宅・団地・公共施設・大学文教施設・商業施設)
:住宅や公共施設、駐車場の屋根置き太陽光、再エネ熱利用
④地域間連携:近隣市町村間連携(廃棄物広域処理、公共交通など)
:再エネポテンシャル豊富な地方と都市の大消費地との連携
ー先行地域選定のプロセスー
参照サイト:【環境省】脱炭素先行地域募集要領(第1回)
<https://www.env.go.jp/press/files/jp/110359/117265.pdf>
3. ゼロカーボンシティ宣言
ゼロカーボンシティ宣言は、環境省が推進している脱炭素に向けた取り組みで、2050年までにCO2排出を実質的にゼロにすることを目指す。3月5日現在で、305自治体(33都道府県、182市、3特別区、68町、19村)が表明している。
参考サイト:環境省「地方公共団体における2050年二酸化炭素排出実質ゼロ表明の状況」
<https://www.env.go.jp/policy/zerocarbon.html>
しかし、これは50年までの宣言で、『脱炭素先行地域』に求められる30年までの地域内の電力消費に伴うCO2排出ゼロよりハードルは低く、具体的な道筋は明らかになっていないのが実態として挙げられる。
4. 脱炭素先行地域に相応しい都道府県・市町村での取り組み
脱炭素先行地域に想定される先行地域の範囲例(①農山漁村② 離島③都市部の街区④地域間連携)に沿った活動を既に行っている地域を取り上げる。
①農村漁村
■再エネとトリジェネレーションを導入したスマートアグリ事業(北海道苫小牧市)
トリジェネレーションを導入したスマートアグリ生産プラントを建設し、ハウス内でベビーリーフ、高糖度ミニトマトを水耕栽培している。首都圏やシンガポール等への販路も確立し、贈答用の加工商品も製造・販売。
トリジェネレーションによって、ハウス及び加工施設で使用する電気、熱、CO₂の調達コストを削減。また、木質バイオマスボイラの燃料である木材チップは、地元の林業者と年間供給量、価格、品質基準等を定めた契約を交わし、安定供給を確保。間伐材の有効利用、冬季の雇用促進等によって地元林業に貢献している。
トリジェネレーション(tri-generation)とは、コジェネレーション(=熱電併給)に対して、 熱源 から生産される 熱 、 電気 に加え、発生する 二酸化炭素 (CO 2 )も有効活用するエネルギー 供給システムを意味する造語。
②離島
■宮古島市島嶼型スマートコミュニティ実証事業(沖縄県宮古島市)
宮古島市は、日本政府より、我が国において唯一の島嶼型の環境モデル都市の認定を受けており、環境モデル都市行動計画としてCO2削減目標を定めている。
エネルギー自給率が3%ほどの宮古島では2018年に「エコアイランド宮古島宣言2.0」を発表。2030年に22.1%、2050年に48.9%と、具体的な未来のエネルギー自給率を定めた未来を見据え、2011年には「宮古島市島嶼型スマートコミュニティ実証事業」がスタート2016年の第二期からは方針を変更し、住居への太陽光パネル/エコキュート設置による分散型エネルギーの制御に着手。2018年には市営住宅に実装され、徐々に効果が現れている。宮古島市、地元のエネルギー企業、パナソニックがコミットする官民共同プロジェクトも実施されている。
再生可能エネルギー100%実現に向けて、EV車やエコハウスの普及や、「離島マイクログリッド実証事業」として太陽光発電システムや蓄電池システムを導入し、スマートコミュニティ実現に向けて取り組みが行われている。
③都市部の街区
■大名古屋ビルヂングの使用電力100%再生可能エネルギー由来に(名古屋市中村区)
三菱地所株式会社は、大名古屋ビルヂングにおいて、中部エリアの大規模オフィスビルでは初めて、2021 年 8 月に全電力を CO2フリーの再生可能エネルギー由来電力にしたと発表。
今回導入する再エネ電力は、中部電力ミライズ(株)の「RE100」(事業活動で消費するエネルギーを100%再生可能エネルギーで調達することを目指す国際的イニシアチブ)対応の電力であるという。
大名古屋ビルヂングの電力使用量(2020 年度実績値)は約 15,000MWh(一般家庭で約 3,700 世帯分)で、再エネ電力導入による CO2削減量は年間約 6,500 トンに相当に及ぶという。
同社グループは、丸の内エリアの所有物件を中心に、再エネ電力の導入を進めており、21年度の再エネ電力比率は約30%に達する見込みで、30年までの中間目標を前倒しで達成する予定だという。
④地域間連携
■「再エネ都市間流通」(茨城県神栖市)
日本初となる再エネ都市間流通による地域活性化モデル「グッドアラウンド」では、地方の再エネ発電所で発電された電力を「地域新電力」や「都市への輸出」に割り振り運用している。都市部の事業者は小売電気事業者を介して同社が供給する再エネを、産地や発電方法などの情報とともに受け取ることができる。事業収益の一部は、用途を自治体と協議した上で地域活性化資金として発電所の立地地域へ返還されるため、間接的に地域社会へ貢献できる仕組みとなっている。
神奈川県横浜市や茨城県神栖市などでは、こうした仕組みを活用し地域の事業者や生活者の再エネ導入を促す動きもでてきている。神栖市では昨年、まち未来製作所と連携協定を締結し、地元再エネ発電事業者3社(風力、太陽光、バイオマス 合計約30MW)および再エネ特化型の地域新電力複数社と連携した電気の運用と流通を開始した。16GWh/月の取り扱いで月間200万円相当の地域活性化資金を生み出しているという。再エネの都市間流通を可能にする同仕組みの利用により、事業者や生活者は再エネへの切り替えとともに地域循環共生圏の創出や地域課題の解決などに貢献することが可能になるとし、脱炭素社会の実現を大きく後押しするという。
5.「脱炭素×復興まちづくり」
■福島県
福島県は、令和3年2月に、2050年カーボンニュートラル宣言を表明し、「脱炭素×復興まちづくり」の事例として様々なプロジェクトが進行している。
福島県の「脱炭素」と「復興」の両立に向けた取組を推進するため、脱炭素、資源循環、自然共生の視点を踏まえた、「脱炭素×復興まちづくり」の先進モデル創出につなげる取り組みを三つ実施しており、環境省の支援事業に選定されている。
①浪江町におけるバイオマスレジン製造プラント等へのグリーン水素
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社らが、バイオマス・レジン製造プラントや農業機器及び公共施設等を対象に、地域のグリーン水素や再生可能エネルギー等へのエネルギー転換に向けた実現可能性に係る調査及び検討を行う。
「グリーン水素」:水を電気分解し、水素と酸素に還元することで生産される水素を指す。電気分解のために、太陽光等の再生可能エネルギーを利用することで、副産物としてのCO2 を排出しない水素製造が可能。
②浪江町請戸漁港における波力発電に係る実現可能性調査
株式会社エイブルらが、浪江波力発電所(200kW/基×3基)の設置(社会実装)を見据え、定格出力を200kWにするためエネルギー変換装置及び海洋構造物に係る詳細設計等、波力発電装置の海域設置等に係る調査及び検討を行う。
③大熊町における榊栽培を想定した営農型太陽光発電に係る実現可能性調査
清水建設株式会社らが、太陽光パネル下で、榊栽培を長期にわたり営農するための栽培システム構築や、多様な担い手を想定した安全な就労環境に資する各種Iot技術の検討を通じた、営農型太陽光発電に係る調査及び検討を行う。
ーその他の福島での「脱炭素」と「復興」取組事例ー
◇福島水素エネルギー研究フィールド (浪江町)
世界最大級の再エネ水素エネルギーシステムで、天候によって変動する太陽光発電の電力を水素に変え、再生可能エネルギーを有効活用するための大規模な実証が行われている。
◇再エネの地産地消を推進(楢葉町)
福島県楢葉町は3月7日「ゼロカーボンシティ」を宣言。県自体が東日本大震災による原発事故を機に、「2040年をめどに県内の1次エネルギー需要量の100%以上に相当するエネルギーを再エネから生み出す」という目標を掲げている。 自治体内で発電した再エネ電力の出力変動を蓄電池や水素製造などによって平準化し、自家消費率を高める仕組みをイメージしている。楢葉町内には、すでに13.8MWの「波倉メガソーラー発電所」が町も出資する形で建設し、売電しているほか、同町内で太陽光パネル工場を運営するアンフィニ(大阪市)は工場建屋に約1.5MWの自家消費型メガソーラーを稼働させている。今後、公共施設の電力需要を地域の再エネで賄うことを目指し、次に民間事業所や住宅を含めた、市内の全電力需要を再エネで賄うなど、段階的にゼロカーボンの範囲を広げることを目指すとしている。
さいごに
このように、地方自治体においても、すでに「2050年カーボンニュートラル宣言」が多くの都道府県や市町村で表明され、実際に様々な取り組みが進んでいる。環境省により今後進められていく地方自治体に向けた「脱炭素先行地域」は、200億円規模と支援が手厚いものになることがわかる。地方自治体による脱炭素先行地域の創出に対する関心は高まっており、企業、学界、地域の官民連携で2030年までに地域内のエネルギー消費の脱炭素化達成に向けて拍車をかけるだろう。
<参考文献>
脱炭素先行地域募集要領(第1回)<https://www.env.go.jp/press/files/jp/110359/117265.pdf>
NHK「脱炭素先行地域」申請要件固まる 再エネ最大限導入求める<https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211221/k10013397171000.html>
東京新聞「脱炭素先行地域、来月募集 環境省、春ごろ選定」<https://www.tokyo-np.co.jp/article/150849>
福島イノベーション・コースト構想<https://www.fipo.or.jp/news/8029>
メガソーラービジネス「福島県楢葉町、「ゼロカーボンシティ」宣言、再エネの地産地消を推進」<https://project.nikkeibp.co.jp/ms/atcl/19/news/00001/01569/?ST=msb>
環境省「福島県浜通り地域における脱炭素まちづくりを進めるための再生可能エネルギーの導入等に係るプロジェクトの採択課題決定について」<https://www.env.go.jp/press/109749.html>
地域脱炭素ロードマップ<https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/datsutanso/dai2/siryou2.pdf>
農林水産省「農林漁業の健全な発展と調和のとれた再生可能エネルギー発電を行う事例」<https://www.maff.go.jp/j/shokusan/renewable/energy/attach/pdf/zirei-195.pdf>
「中部エリア 大規模オフィスビル初大名古屋ビルヂングの使用電力を 100%再生可能エネルギー由来に」<https://www.mec.co.jp/j/news/archives/mec210831_dn_renewable_electricity.pdf>
「脱炭素化の促進と地域貢献を同時実現する「再エネ都市間流通」とは」<https://ondankataisaku.env.go.jp/re-start/interview/10/>
令和3年度「脱炭素×復興まちづくり」FS委託業務 採択結果<https://www.env.go.jp/press/files/jp/116478.pdf>