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2025年7月24日、国際司法裁判所(ICJ)は、国家の気候変動に関する義務について初めての勧告的意見を示した。国連総会の要請により発出されたこの意見は、国家が気候危機に対して負う法的責任を詳細に明らかにしたものであり、パリ協定以来、国際気候法における最も重要な進展である。ICJは、気候変動を「存在に対する脅威」と明確に位置付け、国家の義務はもはや努力目標ではなく、法的拘束力を持つ実効的な責任であると断言した。*1
本記事では、ICJがどのような法的根拠に基づいて各国の義務を定義したのか、なぜこの意見が国際社会にとって画期的であるのか、そしてその結論が今後の気候変動政策・訴訟・企業行動にどのような影響を与えるのかについて詳しく解説する。
気候義務は現実であり、違反には責任が伴う
今回のICJ意見の最も本質的なメッセージは、国家には気候変動による被害を防ぎ、修復する義務は抽象的な理想ではなく、国際法上の法的義務であり、違反があれば国家責任が生じ得るという点である。ICJは、気候危機に対応する国家の行動(あるいは不作為)が「国際的不法行為」を構成する可能性があることを明言し、各国の行動義務を明確化した。とりわけICJは、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)報告を「気候変動の原因・性質・影響に関する最良の科学的知見」と位置づけ、その知見に基づく緊急行動の必要性を示した。ICJにおいて全会一致で意見が採択されるのは稀にもかかわらず、本意見は裁判官全員一致で採択されており、気候変動に関する国際社会の法的共通認識の深まりを如実に示すものである。
本法的認定は、これまで抽象的に語られてきた「気候正義」を、実効的な責任制度の枠組みに引き込むものである。ICJはまた、パリ協定を含む国連の気候関連条約だけでなく、国際慣習法、人権法、海洋法といった他の法体系とも整合的に義務を捉えるべきだとした。
ICJの岩沢雄司裁判長は「これはすべての生命を脅かす地球規模の懸念である」と述べ、「裁判所は、現在進行中の気候危機を解決するために、法が社会的・政治的行動を導くことを願って、この意見を提示する」と述べた。この発言は、ICJが単なる法律機関にとどまらず、法を通じた国際的な行動喚起を担おうとしている姿勢を象徴するものである。*2
南太平洋の大学生の声が動かした国際法
この勧告的意見は、南太平洋大学の法学生による運動が発端となり、バヌアツ政府が主導し、130カ国以上の支持を得て国連総会に提起されたものである。学生たちは2019年に教師に提案を持ちかけ、その後太平洋島嶼国政府に働きかけて、バヌアツのレゲンバヌ大臣の支持を得た。*3
ICJはこの要請を正式に受理し、100を超える国家および国際機関から書面・口頭での意見提出を受けた。これらの意見は大きく2つに分かれており、法的パラダイムの対立が鮮明となった。一方は、国際法を気候正義の実現のための生きた道具と捉える立場で、他方は法的慎重主義に基づき国家の裁量や条約の限界を強調する立場である。ICJは、両者の立場に言及しつつ、法的明確性を追求しつつ、気候危機およびその進化する法的状況を認識することが期待されていた。ICJの回答は、期待を大きく超え、果敢かつ広範な意見を示し、将来の気候政策に大きな影響を与えるものとなった。
発起人である学生の一人、ヴィシャル・プラサード氏は「ICJの判断は、気候変動の不処罰がもはや許されず、最大の損害を引き起こした者が、最も影響を受けた人々に対して補償を行う必要があることを世界に伝えるものだ」と語った。
国家の義務と適用法の全体像
ICJは、まず本件を審理する管轄権を有し、国連総会から提出された質問に答えることを辞退すべき理由はないと述べた。そしてIPCCの研究成果を中心に、関連する科学的文献を広範に検討した。
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