ThinkESGプレミアム会員限定

イラン戦争をはじめとする中東情勢の緊迫化により、石油に依存するエネルギー安全保障の脆弱性が改めて浮き彫りとなっている。特にホルムズ海峡のリスクは、世界経済がいかに化石燃料輸入に依存しているかを示した。

本記事では、シンクタンクEmberの最新レポート*1 をもとに、化石燃料依存の構造的問題と電化技術の可能性を整理する。

化石燃料依存の脆弱性が露呈

ホルムズ海峡は世界の石油およびLNG(液化天然ガス)の約20%が通過する極めて重要な輸送ルートである。この海峡の封鎖は、単なる地域問題ではなく、世界経済全体に波及する構造的リスクを示している。湾岸地域は世界の石油生産の29%、ガスの17%を占めており、さらに肥料やアルミニウムなどの重要資源の輸送も集中している。このように、限られた地理的ボトルネックに依存する供給構造そのものが、エネルギー安全保障の根本的な弱点である。特に今回の危機は、2022年の欧州ガス危機とは異なり、アジアの石油依存を直撃している。ホルムズ海峡を通過する石油の80%、LNGの90%がアジア向けであり、日本、韓国、インド、タイなどが主要な影響国となる。この構造は、アジアの石油需要の約40%が単一ルートに依存していることを意味している。

2024年度における日本の石油供給における中東への依存度は95.9%に達し、そのうち約74%がホルムズ海峡を経由している。*2

ホルムズ海峡のリスクは、単に輸送ルートの問題にとどまらない。

出典:The energy security fallout: from fossil fuel fragility to electric independence | Ember

図が示す通り、輸送のボトルネックだけでなく、生産段階においても相当量の資源が同一地域に集中しており、世界の石油・ガス生産能力のうち20%はホルムズ海峡の封鎖によって直接的に遮断されるリスクを持つ。また、3%は遮断されていないものの近距離ミサイルの射程内にあり、さらに4%はより広範な攻撃圏内に位置している。すなわち、合計27%の供給が地政学的リスクにさらされている構造である。一方で、残りの73%はこれらの直接的な影響を受けない地域に位置している。

世界経済は化石燃料輸入に依存している

世界全体で見ると、湾岸地域のLNGは石油ほど重要ではない。湾岸地域のLNGは世界の一次エネルギーの1%未満を占めるのに対し、湾岸地域の石油は9%を供給している。

こうした供給構造のもとで、世界人口の4分の3が化石燃料の純輸入国に居住している。さらに50カ国が一次エネルギーの半分以上を輸入に依存しており、日本や韓国ではその割合がそれぞれ84%、80%ときわめて高い水準にある。欧州においても、スペイン70%、イタリア72%、ドイツ67%と依存度は高い。一方で、中国24%、インド37%と比較的低い水準にある国も存在するものの、依然として輸入依存は大きい。フィリピン55%、タイ54%など新興国でも同様の傾向が確認される。このような依存構造は、エネルギー供給が外部リスクに大きく左右されることを意味する。

出典:The energy security fallout: from fossil fuel fragility to electric independence | Ember

EmberによるIEAデータの分析によれば、世界人口の79%が石油の純輸入国に居住している。2023年時点では、62カ国が石油の99%以上を輸入し、89カ国が80%以上を輸入している。これにはスペイン(99%)、日本(99%)、ドイツ(96%)、トルコ(92%)、インド(87%)が含まれる。この依存には大きなコストが伴う。2024年には、純輸入国が化石燃料の輸入に1.7兆米ドル(約272兆円)を支出した。また、世界人口の5分の2にあたる92カ国では、純化石燃料輸入によってGDPの3%以上が国外に流出している。

価格が上昇すれば、その負担はさらに拡大する。原油価格が1バレルあたり10ドル上昇すると、世界の純輸入コストは年間で約1,600億米ドル(約25.6兆円)増加する。LNG価格が1MMBtuあたり1ドル上昇すると、世界の純輸入コストは年間で約200億米ドル(約3.2兆円)増加する。

加えて、LNG依存も拡大している。世界人口の約60%がLNG純輸入国に居住し、一次エネルギー供給量の内LNGへの依存度は台湾24%、日本20%、韓国17%といった高い比率が確認されている。ウクライナ危機以降、欧州を含めてLNG依存はさらに強まっており、エネルギー供給の不安定性はむしろ増大している。

出典:The energy security fallout: from fossil fuel fragility to electric independence | Ember

上記の図が示す通り、アジアの輸入国は依然として最も高いLNG依存を抱えているが、近年は欧州においても依存度が上昇している。特に2022年のガス危機以降、欧州各国はロシア産ガスの代替としてLNG調達を拡大しており、その結果としてエネルギー供給の構造的リスクが新たに蓄積されている。

また、台湾や日本などではLNGがエネルギー供給の20%前後を占めており、電力システム全体が国際市場の価格変動や供給制約の影響を受けやすい構造となっている。さらに、パキスタンやタイなどの新興国においても依存度の上昇が見られ、LNG市場の逼迫時にはこれらの国が価格競争で不利な立場に置かれる傾向が確認されている。

エネルギー価格の高騰は経済格差を拡大させる

化石燃料依存は単なる供給リスクにとどまらず、経済的負担としても顕在化している。2024年には純輸入国が化石燃料輸入に1.7兆米ドル(約272兆円)を支出しており、92カ国ではGDPの3%以上が国外に流出している。原油価格が1バレルあたり10ドル上昇すると年間約1,600億米ドル(約25.6兆円)、LNG価格が1MMBtuあたり1ドル上昇すると年間約200億米ドル(約3.2兆円)の追加コストが発生する。

出典:The energy security fallout: from fossil fuel fragility to electric independence | Ember

図の左側は、2022年のロシアによるウクライナ侵攻を契機として欧州のガス価格が急騰したことを示している。欧州はロシア産ガス供給の減少を受けてLNGへの転換を進めた結果、ガス価格は急激に上昇し、その影響はアジア市場のLNG価格にも波及した。

一方、右側の図は、2021年から2022年にかけてのLNG純輸入量の変化を示している。欧州は輸入量を大幅に増加させたのに対し、バングラデシュ、パキスタン、インドでは輸入量が減少している。これは需要が減少したためではなく、価格高騰によりLNGを確保できなかったことを意味する。

さらに、価格上昇の影響は産業全体に波及している。欧州では戦争開始以降、ジェット燃料は70%、ガソリンは30%、卸売ガスは61%上昇し、暖房油はそれ以上の上昇を示した。加えて、エチレンは20%、尿素は27%上昇しており、エネルギー価格の高騰が化学産業や農業コストにも直接影響していることが確認される。特に深刻なのは、その影響が所得階層間で不均衡に現れる点である。米国の低所得世帯では可処分所得の最大20%がエネルギー支出に充てられており、供給逼迫時には富裕国が価格を押し上げることで、途上国や低所得層がエネルギー市場から排除される構造が生じる。すなわち、エネルギー価格の高騰は単なる経済問題ではなく、国際的な格差拡大を引き起こす社会的リスクでもある。

電化技術がエネルギー安全保障を変える

従来、化石燃料依存には現実的な代替手段が存在しなかった。しかし現在は、EV、太陽光、風力、蓄電池、ヒートポンプといった電化技術が急速に普及している。これらの技術により、

ここから先は「ThinkESG プレミアム」会員限定の
コンテンツです。

4つの特典が受けられる「ThinkESG プレミアム会員(1ヶ月定期購読)」の詳細についてはこちらをご覧ください

「ThinkESG プレミアム会員(1ヶ月定期購読)」へはこちらからお申し込みいただけます

「ThinkESG プレミアム」会員の方はログインしてください。

ESGニュース ThinkESGプレミアム会員限定

2026/4/11

石油依存の限界と電化の台頭: ホルムズ海峡危機が示す構造転換

イラン戦争をはじめとする中東情勢の緊迫化により、石油に依存するエネルギー安全保障の脆弱性が改めて浮き彫りとなっている。特にホルムズ海峡のリスクは、世界経済がいかに化石燃料輸入に依存しているかを示した。 本記事では、シンクタンクEmberの最新レポート*1 をもとに、化石燃料依存の構造的問題と電化技術の可能性を整理する。 化石燃料依存の脆弱性が露呈 ホルムズ海峡は世界の石油およびLNG(液化天然ガス)の約20%が通過する極めて重要な輸送ルートである。この海峡の封鎖は、単なる地域問題ではなく、世界経済全体に波 ...

ESGニュース ThinkESGプレミアム会員限定

2026/3/27

アジアのグリーン企業トップ50社ランキング

アジア太平洋地域では、低炭素ビジネスを展開する企業が急速に増えている。しかし、一般的な株価指数はそうした「グリーン経済」の実態を十分に反映していない。Corporate Knightsが発表した最新ランキングは、そのギャップを浮き彫りにした。アジアのグリーン企業はどの分野で成長しているのか、そして投資家は何を見落としているのか。本記事ではその全体像を整理する。 アジア太平洋のグリーン先進企業が浮かび上がる アジア太平洋地域には、世界でも特に意欲的な低炭素企業が数多く存在している。一方で、一般的に使われてい ...

ESGニュース ESGブログ・意見 ThinkESGプレミアム会員限定

2026/3/21

中東戦争が加速させる「経済安全保障としての脱炭素」

中東戦争の激化は、原油価格を押し上げるだけの出来事ではない。ホルムズ海峡という世界の石油・天然ガス輸送の要衝が不安定化し、産油・産ガス設備への攻撃リスクも高まることで、各国にとってエネルギー供給そのものが安全保障上の問題として再浮上している。ロイター通信は、イラン危機を受けて海運と生産の両面で混乱が広がり、欧州ではガス価格が戦争開始前の約2倍に達したと伝えている。こうした状況の中で強まっているのは、「環境のための脱炭素」ではなく、「高価で不安定な輸入化石燃料への依存を減らすための脱炭素」という発想である。 ...

ESGブログ・意見 ThinkESGプレミアム会員限定

2026/3/21

生物多様性の崩壊は国家リスクに「自然安全保障」の概念

近年、生物多様性の危機は環境問題の枠を超え、国家安全保障や経済安定に関わる課題として議論され始めている。食料、水資源、感染症、エネルギーなど、多くの分野が自然環境に依存しているためである。2026年に入ってからも、英国政府や国際機関が、生態系の劣化を安全保障リスクとして分析する報告を相次いで公表した。本記事では、生物多様性の危機と安全保障との関係を整理する。 自然の劣化は国家安全保障リスクになりつつある 2026年1月、英国政府は「Nature Security Assessment(自然安全保障評価)」 ...

ESGニュース ESGブログ・意見 ThinkESGプレミアム会員限定

2026/3/20

自然の劣化が企業利益を直撃する時代へ

自然は経済活動を支える基盤資本である。企業の事業継続性や収益構造は、生態系サービスという見えにくいインフラに支えられている。 環境・エネルギー課題に特化したシンクタンクZero Carbon Analyticsの最新の調査*1は、自然の破壊が企業にもたらす財務リスクの構造と規模を整理する。世界経済の約55%が自然に依存する現実を踏まえ、水資源、安定した気候や生物多様性の劣化が企業収益やサプライチェーンにどのように波及するかを明らかにする。あわせて、将来予測される損失規模を示し、自然保全を経済合理性の観点か ...

ESGニュース ThinkESGプレミアム会員限定

2026/2/19

気候変動が冬季オリンピックの開催を難しくしている?

冬季オリンピックは、雪と氷という自然条件を前提に成立してきた大会である。しかし近年、気温上昇や降雪量の減少により、その前提そのものが揺らいでいる。2026年2月6日〜2月22日に開幕中のミラノ・コルティナ大会では、競技用雪の大部分が人工的に補われている。人工雪は大会を支える一方で、安全性や資源負荷という新たな課題も浮き彫りにしている。本記事では、複数の報道や研究をもとに、冬季オリンピックが直面する現実を整理する。 冬季オリンピックは、制約の中で開幕した 2026年2月6日、イタリアでミラノ・コルティナ冬季 ...

ESGニュース ThinkESGプレミアム会員限定

2026/2/20

IPBES「ビジネスと生物多様性評価」が示す企業と自然の新たな関係

企業活動と生物多様性の関係は、これまで主に「環境配慮」や「CSR」の文脈で語られることが多かった。しかし、2026年2月に生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)が発表した最新の報告書は、その前提を根本から問い直している。*1 IPBESは、最新の科学的知見などの調査を通じて企業と自然の関係を「依存」と「影響」という二つの視点から体系的に整理し、企業と自然の関係がいかに経済の安定性や長期的価値創造に直結しているのかを明らかにする。 企業は変革を主導するか、絶滅のリス ...

ESGニュース ThinkESGプレミアム会員限定

2026/2/8

世界のエネルギートランジション投資、355兆円市場へ

気候変動対策とエネルギー安全保障が同時に問われる中、世界のエネルギートランジション投資は着実に拡大している。BloombergNEF(BNEF)が公表した「Energy Transition Investment Trends 2026」によれば、2025年の世界のエネルギートランジション投資額は2兆3,000億ドル(約355兆円)に達し、過去最高を更新した。地政学的緊張や貿易摩擦が続く状況下でも、エネルギーの脱炭素化は一時的な潮流ではなく、構造的な投資テーマとして定着しつつあることが示されている。*1 ...

ESGニュース ThinkESGプレミアム会員限定

2026/1/31

グローバルリスクレポート2026が描く今後10年のリスク地図

2026年、世界は地政学的対立、景気の不透明感、気候変動、技術革新が同時進行する「競争の時代」に突入している。世界経済フォーラム(WEF)が公表した「Global Risks Report 2026」は、こうした不確実性がESG経営や投資判断にどのような影響を及ぼすのかを、具体的なデータと時間軸で示している。*1 本記事では、同レポートを手がかりに、今後10年間に企業と投資家が直面するESGリスクの全体像を読み解く。 Global Risks Report2026とは? 「Global Risks Rep ...

ESGニュース ThinkESGプレミアム会員限定

2026/1/25

CDP最新レポートからみるESG経営の実装力

気候変動および自然資本の劣化は、もはや将来世代の課題ではなく、企業の収益性、事業継続性、市場評価に直接影響する経営リスクである。CDPとOliver Wymanが共同で公表した「Corporate Health Check 2026」は、企業がESGをどこまで実行段階に落とし込めているのかを、世界規模で比較可能な形で示したレポートである。*1 Corporate Health Checkとは何を測っているのか まずCDPとは、企業や自治体の気候変動・水・森林などに関する環境情報開示を促進する国際的な非営利 ...

© 2026 ThinkESG