人為的気候変動は明白であり、1950年代以降、観測された多くの変化は、数十年から数千年にわたり前例のないものである。大気と海洋は温暖化し、雪と氷の量は減少し、海面が上昇している。(*1)
これらが島国である日本にもたらす影響は大きく、2100年末までに60~63㎝海面が上昇すると予想されており(1981-2000年との比較)、また気温が3.5~6.4度上昇し、東京では年間の4分の1以上に当たる約105日が真夏日、大阪では年間の約4割に当たる約141日が真夏日になると予測されている。(*2)
気候変動の影響は年々と予測以上に速く進んでいる一方で、気候変動に関する科学的知見も進歩している。今後避けられない変化を適応できる範囲内に抑えらるかが、最大のチャレンジである。
「多くの沿岸地域は、科学者が考えていたよりも低くなっている」
2023年2月初旬に沿岸地域の地形図や脆弱性を正確に算出することができる新しい研究結果が発表された。海面上昇は、農地浸水、水源汚染や洪水を引き起こし、これまで予想されてたより非常に早い段階で何百万人の人々が強制退避を余儀なくされるだろう。Earth’s Future(米国地球物理学連合の学術誌)に発表された新しい研究の筆頭著者であるロナルド・ベルニメン氏は、海面上昇は加速しており、「多くの沿岸地域は、科学者が考えていたよりも低くなっている」と語った。オランダの調査会社に勤務するベルニメン氏は「数年前まで、海面上昇によって海岸線が浸水する速度は、植物や建物の頂上とその下の実際の地盤の高さを区別できないレーダー測定に基づいていたため、地表高を過大評価していた」と指摘する。
従来の研究 | 新しい研究 | |
測定方法 | レーダー測定 | NASAのICESat-2衛星のデータ解析+光検出と距離測定(ライダー)を使用 |
効能 | 地表の高さを建物や樹木と混同し正確に読み取ることができなかったため、実際より地表が高いというデータがでていた | レーザーパルス、スキャナー、特殊なGPS受信機からの情報を組み合わせて地表面上の詳細な3次元情報を生成することができる。 |
この新しい研究について、ポツダム気候影響研究所の気候科学者のステファン・ラムストルフ氏は、海面の上昇ごとに、従来の研究が予測した土地の2倍以上が侵食することが分かったため、より正確な海面上昇のモデルを提供するための新たな前進であると述べている。また彼は「たった1mや2mの上昇でより多くの洪水が予測され、古いモデルで推定されたよりも多くの人々が海面上昇に脆弱な地域に住んでいることになるため、特に緩やかな海面上昇に着目した場合、新しい研究結果は悪いニュースに違いない」と続けた。
「世界全体で従来の予測よりも2億4千万人多い人々が海面下で生活することになる」
米国海洋大気庁の海面上昇専門家、ウイリアム・スイート氏は、すでに米国では、衛星データよりもさらに精度の高い航空観測によるライダー数値を使用しているため、今回の新しい研究結果によって米国の海面上昇予測の精度が向上することはないが、この論文は、海面上昇に伴う洪水リスクの変化を正確なデータを使って十分に評価できていない多くの国にとって重要な進歩である、と考える。
例えばバンコクでは今まで海面が約2メートル上昇しても国土が沈降するとは予想されていなかったが、新しいデータではバンコクの住民1000万人のほとんどが海面下に沈没すると示唆された。研究者らは同程度の海面上昇によって、世界的に従来の予想よりさらに2億4千万人多くの人が海面より低い土地に住むことになると推定した。
新しいデータは発展途上国の計画に役立つ
NASAによると、20世紀初頭から世界的に海面が約20㎝上昇し、そのうち5㎝以上は過去20年間に到達している。海水の上昇速度は、20世紀後半には10年当たり約3㎝だったが、過去20年間では10年当たり約5㎝に増加している。気候変動に関する政府間パネルによる最新の気候評価では、2100年までの世界平均で約50㎝海面上昇すると予測されているが、科学者によるとグリーンランドと南極の氷床が融解するという最悪のシナリオが実現すれば、最大で約91㎝上昇する可能性があるという。
海面上昇には大きな地域差があり、それは世界各地の地盤沈下の速度の違いや氷床融解による引力の変化など、複雑な変動要因による。つまり海面上昇に対処する余裕がない南半球の地域、特に熱帯地域、南太平洋の小さな島国、そしてアジアやアフリカの人口密度の高い地域が最も影響を受けるのである。
研究者らによると、海面上昇に対する沿岸の脆弱性をマッピングするのに有効なライダーデータは、ここ5年から10年の間に出現し始めたばかりであり、以前は海面上昇に対する沿岸の脆弱性をマップ化することは非常に高価であった。一般的にこのような新しい手法は先進国で発見されるため、南半球の貧しい国や発展途上国との間に科学的な偏りが生じる。さらに後者の国々の大都市では地下水を大量に汲み上げているため、海面上昇と同時に土地が沈下し、脆弱性が増している。例えばナイジェリアのラゴスでは標高モデルも空間計画もないまま地盤沈下を起こす地下水の汲み上げを続けている。
気候変動による損失と損害の支払い規定にも貢献
クライメート・アナリティクスの沿岸地域の脆弱性と順応の専門家によると、世界人口の約4割が沿岸地域に住んでいるため、この発見は非常に重要である。また彼女は、この研究が世界の不均衡を改めて示した点と、人々が遠い将来ではなく、今まさに気候の影響を感じている点を強調した。さらにこの研究は国際的な気候変動対策の重要な要素である損失と損害に関する議論、つまり地球温暖化の原因である先進国や豊かな国から、その影響を最も受けている途上国への支払い規定にも貢献する。発展途上国や先進国に関わらず存在する多くの沿岸部の経済圏が影響を受ける可能性もあるし、文化遺産が失われる可能性もある。それゆえ、何が危機に瀕しているかという情報を提供することができれば、それがこの研究の目的であり、損失と損害の議論に反映される。そして、私たちが考えている以上に、多くのことが危機に瀕しているのである。
「洪水に関するいかなる救済も『援助』としてではなく、過去数世紀にわたって蓄積された不正に対する賠償としてとらえられるべきである」
パキスタン気候変動担当相シェリー・リーマン
パキスタンでは2022年6月中旬から大雨が続き、国土の3分の1が水没する大規模な洪水が発生しており、1700人以上が死亡、人口の15%に及ぶ3300万人が被災した。*3
パキスタンのシェリー・リーマン気候変動担当相は、この水害は「前代未聞のスケール」の「気候変動がもたらした人道的災害」だと述べ、国際的な援助を呼びかけた。パキスタンは先進国に比べて工業化が遅れている国のひとつであり、長い間、世界を温暖化させている温室効果ガスのごく一部しか排出していないにもかかわらず、甚大な被害を受け、さらには現在の汚染を制限するために近代化のための高額な費用を支払うことを求められている。ラホール経営科学大学の社会学教授であるニダ・キルマニ氏は、「洪水に関するいかなる救済も『援助』としてではなく、過去数世紀にわたって蓄積された不正に対する賠償としてとらえられるべきである」と述べている。*4
投資家や企業への影響
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