気候正義
2026年8月、ネパールのヒマラヤで氷と岩盤が崩れた。鉄砲水が1,300人を超える命を奪った。ネパールの外相は主要排出国を名指し、援助から正義と補償へと訴えた。だが、危険な場所に築かれたインフラが被害を広げたとの指摘もある。ネパールでは、気候変動の責任と開発の責任が重なる。この災害から、損失・損害基金の現実と気候正義とのギャップを読み解く。
ヒマラヤの崩落が引き起こした大洪水
2026年8月26日午前8時40分、ネパール北部ラスワ郡の上流域で、氷と岩盤が一体となって崩れ落ちた。ICIMODの専門家によると、崩れた氷と岩はレンデ川を一時的にせき止めた。
しかしその後、せき止められた水と土砂は一気に流れ下り、ボテコシ川からトリシュリ川の流域を鉄砲水が襲った。氷河湖があふれ出す「氷河湖決壊洪水(GLOF)」とは異なる、連鎖型の山岳災害だ。*1・2
水文気象局は午前9時15分までに下流へ警報を出した。だが、崩落からすでに約35分がたっていた。
国連によると、9月9日時点でネパールの死者は1,367人。行方不明者は5,132人にのぼる。被災した流域は中国との国境に近く。交易と水力発電の拠点でもある。国家計画委員会などの評価では、13の水力発電所が損傷した。容量は計759MWにのぼる。
「援助から正義と補償へ」という訴え
ネパールのシシル・カナル外相は語った。 私たちは地球規模の危機のために、最大の代償を払っている。 外交姿勢も、援助の要請から正義と補償の要求へ転換している。
これは慈善ではなく、法的・道義的な責任の問題だ。 世界の温室効果ガス排出上位3カ国には脆弱な国に補償する歴史的責任がある。 名指しされたのは中国、米国、インドである。 財務相らも連名の書簡で「損失と損害に対応するための基金(FRLD)」に緊急支援を要請した。 損失と損害(ロス&ダメージ)とは、適応の限界を超えた気候変動の被害を指す。
ところが外相は数日後、私も外務省やネパール政府の誰も補償を求めていない、と語った。インドや中国・米国を含む他のいかなる国にも、補償を求めていないとも述べた。
訴えは国際社会に気候変動の視点から被害を見てほしいという呼びかけだったという。外相自身が、報じられた特定の国への補償要求を打ち消した形だ。
ネパールにおける気候変動の責任と開発の責任が重なる災害
では、今回の崩落は気候変動のせいなのか。実は、まだ結論は出ていない。研究者の見方はほぼ一致する。温暖化が崩落を起こりやすくしている。*8
ただし、この災害を気候変動に帰属させる正式分析はまだない。
グラーツ大学のヤコブ・シュタイナー氏はこう見る。結局、長い期間に蓄積した負荷で岩盤が壊れたように見える。見落とせないのが、被災地の開発である。ラスワ・ギロン陸港は、ネパール北部のラスワガディと中国チベット自治区のギロンを結ぶ国境の通過点だ。ネパールにとって中国への主要な陸路の玄関口だ。
交易は2014年12月に始まった。2015年の地震で別の主要ルートが長く使えなくなった。また、インドとの国境が5カ月にわたって封鎖された(2015年9月〜2016年2月)ことも重なると、中国は一帯一路の一環として格上げを約束した。
2017年8月には国際的な通過点となり、国境近くのティムレでは中国の資金による内陸の通関拠点が建設中だった。推定28億ルピー(約28.1億円)をかけて建設中だった。
NDMAの元顧問サフィ・A・リズヴィ氏は、論説でこう指摘する。最初に起きたのは地質的な斜面崩壊だ。ネパールが排出国の責任を立証するのは難しい。計4つの人為的な要因を挙げる。さらに、この4点が被害を広げたと主張する。
米シンクタンクのスティムソン・センターも分析している。さらに、この区域は開発が最も急速に進んだ地域の一つだ。同時に、最も脆弱な地域の一つでもある。注記の*10は、気候変動の責任と開発の責任が重なることを示す。結論として、両方の責任は重なる。
先進国と途上国の不平等を問う気候正義
なぜネパールは「援助」ではなく「補償」という言葉を選んだのか。
背景にあるのが気候正義の考え方だ。 気候正義とは、温室効果ガスを多く排出してきた国と、被害を受ける国の不均衡を正そうとする考え方だ。
国連気候変動枠組条約も「共通だが差異のある責任」の原則を掲げている。 先進国が対策を主導すべきだと定めている。*11
ネパールの排出量は世界全体の0.025%にすぎないと指摘する論説もある。
先例もある。2022年にパキスタンを襲った洪水では、損害と経済損失の合計が300億米ドル(約4兆6,200億円)を超えた。さらに、同年の国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)では、損失と損害の基金の設立が合意された。パキスタンはこれを「気候正義の中核的な原則を再確認する第一歩」と評価した。
また、太平洋の島国バヌアツが主導した国連総会の要請を受け、国際司法裁判所(ICJ)は2025年7月、気候変動に関する義務に違反することは国際法上の違法行為となりうるとの勧告的意見を全会一致で示した。
ただし、勧告的意見に法的な拘束力はない。ネパールも2024年12月、この審理で歴史的な排出国の責任を主張している。
「補償」を避けてきた国際ルール
一方で、国際的な制度は補償という言葉を慎重に避けてきた。パリ協定は第8条で損失と損害を定めた。
だが、締約国会議の決定は第8条が明記している。「いかなる責任や補償も伴わず、その根拠にもならない」と明記している。*18 基金はあくまで支援の仕組みであり、排出国の法的責任を前提にしたものではない。
ネパールの気候資金の専門家ラジュ・パンディット・チェットリ氏は、基金から得られる支援は2,000万米ドル程度だ。政府の期待を大幅に下回る可能性があるとみる。
さらに、外相が発言を数日で修正したことは、補償という言葉が持つ外交上の重さを映している。
基金の規模と被害額の深刻なギャップ
では、基金には実際どれだけの資金があるのか。世界銀行が受託者として公表した財務報告書によると、
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